ペテロの手紙 第T

信仰の証言を私たちも

Tペテロ 1:6−12
エレミヤ 20:7−9
T 神さまへの賛美と

 ローマ最初のクリスチャン迫害者となったネロ皇帝の、肖像入りのデナリ硬貨がいくつか残っています。皇帝即位の頃、16才だった時のものは若々しくかなりの美男子でした。それが、7-8年経った24-5才の頃の肖像は、肥って首と顎の区別がつかないほど醜く、まるで別人のようです。ペテロが小アジヤの教会に第一の手紙を書き送ったその頃が、丁度その醜いネロの時代に当たるようです。肖像は自分の意志で発行したものですから、醜いとはさすがに自分でも思っていなかったのでしょうが、民衆の受けが悪く、治世に自信を失って、皇帝の権勢にしがみついているだけの、そんなあせりが顔に現われているようです。クリスチャン迫害は、そんなところに一因があるのかも知れません。ペテロのこの手紙は、迫害の中でどのように信仰を守り通したらいいかという問いかけに、まず、ネロのような醜悪な王が統治する世界ではなく、「あなたがたは神さまの御国の民に招かれている」と、神さまに顔を向けることを第一条件に掲げます。「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように」と、最初に神さまを賛美をしているのは、そんな彼の信仰がほとばしり出たものと聞こえます。

 彼が祈りの中で書き上げたこの手紙は、何よりも、イエスさまの救いがあなたがたの生活の中心で受け止められなければならないと主張してやみません。その中心のメッセージから、先週、一つのことを聞きました。それは、「神さまの住まうところに招かれている救い」です。今朝は6-12節、その救いの続きですが、もう一つのことが語られています。聞いていきましょう。


U 多くの証人に囲まれて

 この手紙は新約聖書のヨブ記と呼ばれ、旧約の苦難文学・最高峰のヨブ記に並べられるのですが、ペテロは彼らの苦難を詳細に伝え聞いたのでしょう。その苦難への慰めと希望を語り始めます。

 6-7節にこうあります。「いましばらくの間は、やむをえず、さまざまの試練のために、悩まされていますが、信仰の試練は、火を通して精錬されてもなお朽ちていく金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります」 ここでは〈信仰の試練〉とあり、まだどんな迫害かには触れていませんが、〈火を通して精錬された金〉に例えられていますから、きっと凄まじいものだったのでしょう。この地方で発掘されたいくつもの古代教会跡から、これら教会の多くがその迫害の時代を生き残っていったと思われます。「信仰の結果であるたましいの救いを得ていた」(9)からであったと思うのですが、そんな大変な中での喜びを伴った彼らの信仰が、遠く離れたローマのペテロにまで伝えられていました。「あなたがたは大いに喜んでいます」(6)と称賛され、8節には更に言葉が重ねられています。「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています」 彼らの信仰について長々と説明する必要はないでしょう。喜びと感謝は信仰のバロメーターなのです。イエスさまからの救いと彼らの信仰は本物であると、ペテロはここで証言しているのでしょう。苦労のさ中に〈信仰の喜びを〉と聞くと、私たちは「そんなことを言われても……」と、つい自分たちの大変さだけを主張してしまうことがありますが、彼らの中にもそんな人たちがいくらかは居たのかも知れません。そこでペテロは、イエスさまの救いの確かさに証人を立てて、彼ら迫害の真っ最中にある、弱い人たちを励ましたのでしょう。

 「この救いについては、あなたがたに対する恵みについて預言した預言者たちも、熱心に尋ね、細かく調べました。彼らは自分たちのうちにおられるキリストの御霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光を前もってあかしされたとき、だれを、また、どのような時をさして言われたのかを調べたのです。彼らは、それらのことが自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました」、「そして、今やそれらのことは、天から送られた聖霊によって」「あなたがたに福音を語った人々を通してあなたがたに伝えられたのです」、「それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです」 10-12節には、預言者と聖霊と伝道者と、天使までもがこの救いの証人として立てられています。それは現代も同じであって、私たちは「このように多くの証人たちが雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」(ヘブル12:1-2)とある信仰の証人に囲まれているのです。イエスさまの救いがどんなに確かなものであるかを覚えて頂きたいと願ってやみません。


V 信仰の証言を私たちも

 「あなたがたはさまざまの試練に悩まされている」という6-7節に戻って、まず一つのことですが、ここに、彼らと同じ痛みを覚えるペテロの言葉が聞こえるような気がします。きっと、ペテロ自身が似たような経験をいくつも重ねて来たのでしょう。しかし、イエスさまが彼のために祈ってくださったことを忘れていないのです。「シモン、シモン。見なさい。サタンがあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ22:31-32)と、彼は伝道者としての30数年を、イエスさまに守り助けられ続けてきました。彼らもまたイエスさまが守り助けてくださる。「神さまは私たちのことを心配してくださる」のです。歴代のクリスチャンたちの中に脈々と流れてきたこの信仰を、私たちもまた引き継いでいきたいと願います。

 そしてもう一つのことですが、ペテロはこの手紙に一つの望みを託しているように思われます。この手紙は、小アジヤのどこかの教会に届くと、すぐに書き写されて、いくつもの教会で回覧され、更に、当時の世界中の教会で読まれるようになったのでしょう。そして、これよりも先に書かれたパウロの手紙のように、このペテロの手紙も後々まで残されて、多くの人たちに読まれるようになりました。少なくともペテロは、これから何度でも起こるであろう迫害の中で、イエスさまの救いが確かなものであると証言した預言者、伝道者、天使、聖霊に、彼ら小アジヤの迫害を通り抜けていく信仰者たちの証言も加えたかったのではないかと想像するのです。この手紙はペテロ自身の証言でもあるでしょう。そして、「多くの証人に囲まれている」その証人たちに、私たち自身を証人として加え、「イエスさまの救いがここに」と私たちの証言をも重ねていきたいのです。

 歴史の中にもその証言があります。長崎で殉教した26聖人のキリシタンたちもそうでした。第二次世界大戦の折りに日本軍部の迫害に会い、獄舎の中で亡くなられた横浜の菅野牧師のことも忘れられません。殉教者ばかりではなく、痛み、苦しみながらイエスさまの証人に立てられた先輩たちは、この神戸にもたくさんいらっしゃいます。機会があったら、その信仰の先輩たちの証言を聞きたいですね。

 そして、伝道者であるなしに関わらず、私たち自身も主の救いの証人として立てられているのです。「お前はわたしの救いの証人として生きているか」とイエスさまから問われています。私たちの生き方も小アジヤのクリスチャンたちに重なっていくのですから。預言者エレミヤのうめき叫んだ声が聞こえます。「主のみことばが私の心のうちで、骨の中に閉じこめられて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません」(20:9)信仰とは闘いであると何度も聞いてきました。神さまのことばがこんなにも聞かれない今の時代は、なお一層そうなのでしょう。この時代に、証人として立てられる重さを覚えながら歩みたいと願います。