ペテロの手紙 第T

イエスさまの祝福の中に20

Tペテロ 5:12−14
詩篇   133 :1−3
T 聖なる交わりの中に

 ペテロはこの手紙を終えようとしています。今朝は、その最後の部分から、彼のメッセージを聞いていきたいと思います。この短いところからも、たくさんの彼の熱い思いが伝わってくる気がします。

 「私の認めている忠実な兄弟シルワノによって、私はここに簡潔に書き送り……」(12)と始まります。最初にシルワノのことです。〈私の認めるシルワノ〉とはちょっと変な日本語ですが、この〈認める〉は〈思う〉の意味で、〈忠実な兄弟シルワノによって、私は思いつくままを書き送り……〉(キリスト新聞社訳)としたほうが分かりやすいでしょう。異邦人クリスチャンたちに読んでもらいたいと、この手紙はギリシャ語で書かれました。多分、ギリシャ語にそれほど達者でなかったペテロが、ギリシャ語の堪能なシルワノの助けを借りたのでしょう。シルワノは、アンテオケに教会が誕生して間もなく、異邦人クリスチャンに対するエルサレムの教会決議を伝えるために、パウロやバルナバと一緒に派遣され、以来ずっとパウロの長い伝道旅行に付き合って来ました。もしかしたら、ギリシャ語圏で生まれ育ったユダヤ人だったのかも知れません。使徒行伝ではセム系の名前でシラスと呼ばれています。目が不自由になっていた晩年のパウロのために、いくつかの手紙を代筆したようです。彼の名前がここに記されているのは、かつてパウロと一緒にこの小アジヤの教会を巡回したシルワノのことを、小アジヤの教会の人たちは〈忠実な伝道者〉として良く知っていたからでしょう。パウロからの挨拶がないのは、彼がローマを離れていたからではないかと考えられます。シルワノ自身も彼らのことを懐かしく、非常に心配しながら〈よろしく〉と言い添えたのでしょう。シルワノから〈よろしく〉と言われたので、ここに彼の名前を書き留めたということです。そして、何よりも彼の名前を記したことで、ペテロは、ローマにいるクリスチャンたちはペテロもパウロも親しい交わりの中にあると、小アジヤの教会の人たちに伝えたいと願ったのではないでしょうか。勿論、その聖なる交わりの中に、彼ら迫害に苦悩する小アジヤの教会の人たち、そして、現代の私たちも加えられていると、ペテロの慰めを聞いていきたいのです。


U 愛と祈りの交わりの中で

 シルワノに続いてペテロは、この手紙を書き送った目的とも言うべきことに触れます。「これが神の真の恵みであることをあかししました。この恵みの中にしっかりと立っていなさい」〈神さまの真の恵みにしっかり立つように〉、これこそペテロがこの手紙の中で最も言いたかったことと思われます。これまでにも、神さまの恵みについていくつものことをペテロから聞いてきました。その一つをもう一度繰り返しておきたいのですが、これまで何回も取り上げてきた標語聖句です。「あなたがたの思い煩いをいっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」(5:7)  そして、この最後に、もう一つの神さまの恵みが取り上げられます。丁寧に聞いていきたいと思います。

 13節からです。「バビロンにいる、あなたがたとともに選ばれた婦人がよろしくと言っています。また私の子マルコもよろしくと言っています」 ここに、ペテロがずっとこだわって来た一つの意識が見られるような気がします。バビロンは歴史上世界最大の頽廃に満ちた都市でしたが、当時ペテロもローマのスラム街に住んでそれを実感していたのでしょう。ローマはまさにバビロンのような都市でした。そのローマにいる〈あなたがたとともに選ばれた婦人からよろしく〉とありますが、これが少々面倒な言い方で、理屈っぽくなるかも知れませんが、少し我慢して聞いてください。

 この〈婦人〉は定冠詞がつけられた単数であり、特定の個人で小アジヤの教会からやって来た婦人とも考えられますが、すると、彼女の名前が記されていないのはいかにも不自然です。実は、ここには婦人という言葉はなく、〈ともに選ばれた〉という言葉(名詞)に冠詞がつけられて〈人〉(女性形)を暗示されただけで、それが人であるという確約はないのです。重要ないくつかの写本には〈教会〉ということばが挿入されていて、この〈人〉は教会であろうと考える人たちも多く、ほとんどの日本語訳はこれを〈教会〉と訳しています。教会という言葉も女性形なのです。Uヨハネ1節や13節の「選ばれた夫人」「選ばれたあなたの姉妹」という言い方は、明らかに教会を指していますが、きっと、そのような言い方がペテロたちの時代の教会にあったのではないかと考えられます。シルワノの名前が記されたことも、マルコの名前が上がっていることも、ローマの教会が彼らのことを心配しているという、祈りのしるしとしての挨拶であると受け止めて良いかと思います。私たちも、こんなに小さな教会ですが、世界中のイエスさまを信じる人たちと同じ信仰でつながっており、たくさんの方たちの祈りに支えられていることを忘れてはならないと思います。


V イエスさまの祝福の中に

 イエスさまを信じている者たちは、日本人もアメリカ人もなく、等しく兄弟姉妹です。しかし今、そのことがどこかに失われているのではないかと思われる状況が、地域教会の間にじわじわと浸透し始めているように感じられます。いくつもの教会で争いが伝えられ、また、教派間の不協和音は年々ひどくなっているようです。まるで、兄弟姉妹の麗しい関係をねたむ者が、画策でもしているかのように。それはきっと、「ほえたける獅子のように、食い尽くすものを求めて歩き回る」(5:8)者の仕業なのでしょう。一つのことを覚えておきたいのですが、信仰者の交わりがどんなに麗しいものであっても、そこに救い主イエスさまのご介入がなければ、その交わりはいとも簡単に試みる者の策略に陥ってしまうのです。ペテロはそのことを良く知っており、だから小アジヤの教会の人たちに、ローマの教会でも祈っていると告げ、しかも、それだけで終わりにしなかったのです。最後の最後に、何よりも大切なことに触れます。二つのことです。

 一つは14節前半です。「愛のくちづけをもって互いにあいさつをかわしなさい」とあります。或る人たちは、これを教会で行われる聖餐式の様子であろうと言い、この手紙はその年(AD63年か64年)最後の聖餐式に間に合うように送られたのではないかと想像しています。真偽のほどははっきりしませんが、聖餐式を中心とした交わりは使徒行伝にも記録されており、イエスさまを信じる人たちがイエスさまを中心とした暖かい愛の交わりにあったことは確かです。クリスチャンたちの交わりは、私たちのために十字架にかかってくださったイエスさまの前に出て、共に一つの聖餐に預かる交わりなのです。同じ聖餐に預かろうと集まって来る者たちの交わり、それが教会、地域に建てられた目に見える教会の本当の姿でしょう。

 もう一つ、14節後半の「キリストにあるあなたがたすべての者に、平安がありますように」という最後の挨拶です。今朝の箇所12-14節は、大体が結びの挨拶でしょう。シルワノやマルコの名前が記され、ローマの(恐らく)教会からよろしくと伝えられています。〈よろしく〉は非常に友好的な挨拶を送るということばですが、恐らく、弟子たちの間で交わされていた挨拶〈シャローム〉(神さまの平安がありますように)を意識したものだと思われます。それは、よみがえりのイエスさまが弟子たちを祝福した挨拶でもありました(ヨハネ20:19)。ペテロはこの手紙の最後で、迫害に苦しむ小アジヤの諸教会の人たちを、心から祝福したのです。このときのペテロは確かに、イエスさまから選ばれて使徒に任命された者であり、主の祝福を伝える代理人だったのでしょう。聖日礼拝で最後に祝祷がありますが、それは神さまからの祝福であり、教会はその祝福を頂くところです。詩篇133:3に「主がそこにとこしえの祝福を命じられた」とあります。神さまがくださる最大の恵み、それは祝福でしょう。その祝福の中にいたいものです。