ペテロの手紙 第T

選ばれた人々へ(1)

Tペテロ  1:1−2
エレミヤ  31:3
T 大好きなペテロからもっと

 今朝からペテロの手紙です。大好きな使徒ということで、以前にも何回かこの第1、第2の手紙を取り上げたことがありますが、その時よりも、この手紙に聞きたいという願いがもっと膨らんでいますので、ペテロが語る新しいメッセージを探りながら聞いていきたいと願います。以前、教会の標語聖句に「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」(第一ペテロ5:7)を上げましたが、今回はその「私たちのことを心配してくださる」神さまの約束を中心に聞いていきましょう。

 これまでにも何回か触れてきましたが、この第1、第2の二つの手紙を、ペテロは殉教のほんの少し前に書きました。第1の手紙はAD62〜63年頃、ローマでネロ皇帝がクリスチャン迫害を始める直前に、第2の手紙はAD67〜68年頃、彼の殉教の直前に記されたものと思われます。イエスさまにお会いして30数年を伝道者として苦労を重ねてきたペテロも、すでに70才を超えていました。「わたしの羊を飼いなさい」(ヨハネ21:17)とイエスさまから言われて以来、世界中を歩いて来たペテロでしたが、この二つの手紙は、伝道者として円熟した彼が、この時期ローマにあって、迫害の渦中に置かれて殉教していくクリスチャンたちを思い、祈り、涙を流しながら記したもののようです。彼にとって、「神さまが心配してくださる」とは、まことに実感のこもった告白でした。長い伝道者生活を、どんなにイエスさまに助けられて歩んできたことか、この手紙は彼の信仰の証言であると言えるでしょう。私の伝道者生活も40年以上になりますが、その間、神さまは先頭を歩み、間違いの多い私を絶えず見つめ、守り続けてくださいました。助けて頂いたことは数え切れません。ペテロの証言にまことに「アーメン」と、すこぶる同感を覚えるのです。丁寧に学んでいきたいと願います。


U 愛の使徒ペテロから

 今朝はTペテロの1:1−2からですが、これは当時の手紙文の定番スタイルで、まずこの手紙の発信人と受信人を明らかにしています。発信人は「イエス・キリストの使徒ペテロ」です。非常に堪能なギリシャ語が使われていますので、ペテロではない他の誰かが書いたのだろうという議論もありますが、多分、パウロの手紙も代筆したシルワノがペテロの言葉を筆記したと思われ、ペテロがこれを書いたと見て良いでしょう。しかし、問題は、ペテロという名の前に「使徒」とタイトルがつけられていることです。使徒というのはご存じのように、イエスさまがペテロ、ヤコブ、ヨハネなどに、〈汚れた霊を追い出し、あらゆる病気を直す権威を授け〉、「天の御国が近づいた」福音を伝えなさいと、ガリラヤの町々村々に遣わされた時、選ばれた12人の弟子たちにつけられた呼称でした(マタイ10章)。使徒とはもともと使者を意味する言葉でしたが、単なるメッセンジャーではなく、彼を遣わした方の命令を執行し、その人格を代行する者でしたから、遣わした方・イエスさまの権威を持つ者として呼ばれるようになったのです。パウロがガラテヤの教会に書き送った手紙などで自分を使徒パウロと言っているのは、イエスさまの権威を持つ者であるということを主張したものです。現代の牧師が「みことばの役者(えきしゃ)」と言われるのは、神さまのみことばの権威を託された者という意識で用いられることが多いのです。牧師はただ聖書を調べ、その解釈したところを教えるだけではない、神さまからのメッセージを伝えるのです。私など、特に気をつけなくてはならないことでしょう。

 
しかし、ペテロはここで、イエスさまの権威を振りかざして使徒と言ったのではないようです。この手紙を受け取る人たちに「使徒」の権威をもって命令されなければならない問題があったわけではなく、むしろ、祈りをもって、感謝とともに、彼の暖かい愛の心からの願いとしてこの手紙が書き送られたようです。彼を使徒に選んだイエスさまは、権威を振りかざすお方ではなく、愛とあわれみに富んでおられ、12人の弟子たちを選ばれた時も、苦しみ悲しんでいる人たちへの愛と慰め、癒しの使者として遣わされたのです。ペテロはこの手紙を受け取る人たちを「選ばれた人々」と呼びますが、自分も同じようにイエスさまから選び出され、ほんの少しだけ「あなたがたよりも」長く伝道者として働かせて頂いたと、そんな思いを込めて自分を「使徒」と言っているように感じられます。5:6に「あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい」とありますが、彼はこの「へりくだり」こそイエスさまを信じる信仰の中心であると受け止めました。ここに浮び上がっているであろう、彼の思いを受け止めていきたいのです。



V 選ばれた人々へ

 〈選ばれた人たち〉と、ここに2回用いられていますが、まず1節からです。「ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、アジヤ、ビテニヤに散って寄留している」彼ら選ばれた人たちへとなっています。これは海外居住のユダヤ人たちに対して言われる言い方です。この地名の上げ方は、現在のトルコ西部小アジヤと呼ばれる全域を指しています。パウロの伝道旅行を地図で辿ってみますと、何回もこの地方を通り、いくつもの教会を建て上げているのですが、その地方にはローマの退役軍人が造り上げた植民都市が多くあり、そこにはユダヤ人たちもたくさん住んでいたのでしょう。そんなユダヤ人の会堂(シナゴグ)を伝道の出発点にして、キリスト教の教会が誕生していったというケースが多いようです。そして、そこには、ローマ人や他の外国人たちも加わっていました。恐らく、ペテロはそこへ行ったことはないと思われますが、そのような教会の長老たちから相談を受けたのではないかと想像されます。「どうか、恵みと平安が、あなたがたの上ににますます豊かにされますように」(2)とあります。恵みというのは極めてギリシャ語的な言い方、平安(シャローム)はユダヤ人のヘブル語的な表現ですが、その二つを組み合わせたところに、これも、当時の海外居住のユダヤ人たちの流行の手紙の定番スタイルだったのでしょうが、教会にはユダヤ人も異邦人もいると、それを念頭に置いたペテロの配慮だったのかも知れません。しかも、ユダヤ人もローマ人も含めて、「天に国籍を持つ」ようになった彼らは、この世での寄留者なのですから。その彼らに今、ローマの迫害の手が伸び始めているのです。ローマにいるペテロのところに届いた彼らの相談とは、恐らくそのことだったのでしょう。ペテロは彼らに慰めと励ましの手紙を書き送ります。この世に寄留してはいるけれども、あなたがたは神さまのもの、選ばれた民であると。

 ペテロはもう一度「選ばれた人々へ」(2)と繰り返します。「父なる神の予知に従い、御霊の聖めによって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人々へ」 予知とありますが、これは或る人が言うように、私たちを選び、召しだそうとしておられる神さまのご計画を語るものでしょう。不思議なことに彼は、あれほどイエスさまのそばについていたのに、イエスさまにこう教えられたとか、こんなことがあったという、イエスさまのそばで経験した出来事をほとんど語っていません。それよりも、イエスさまの十字架のことを何度も繰り返しているのです。神さまのご計画は、イエスさまの十字架に罪を贖い、信じた者を受け入れ、救うということです。彼はそれを何よりも大切にしたのでしょう。今、老人になり、殉教を間近に迎えようとして彼は、ガリラヤでお会いした懐かしいイエスさまではなく、十字架に死んで、彼のあらゆる悪いところを赦してくださり、今、栄光の座にお着きになった、救いの望みである、そのイエスさまにお会いしたいと願っているのでしょう。それこそ、選ばれた者たちの信仰の望みです。きっと彼は、現代の私たちにもそう語り掛けているのでしょう。「十字架の救い主イエスさまから選ばれた者たちよ。混乱の時代にあるあなたがたにも主からの恵みと平安があるように」と。聞いていきたいと願います。