ルカによる福音書

9 栄光をお捨てになって

ルカ 2:39−52
イザヤ 53:1−3

T 12才になられたイエスさま

 今朝はイエスさま前史とされる最後の部分です。イエスさまが12才になられた時のことが取り上げられますが、これは、12年間いろいろあったエピソードの一こまに、ルカの目がたまたま留ったということではないようです。ルカがなぜこの記事を選び、取り上げたのか、そして、ここから何を伝えようとしているのか、聞いてみたいと思います。

 「さて、イエスの両親は、過越の祭りには毎年エルサレムに行った。イエスが12才になられたときも、両親は祭りの習慣に従って都へ」(41-42)上っていきました。12才という年齢ですが、ユダヤではシナゴグで子どもの義務教育が行われていましたが、12才になるとその義務から解放されます。ユダヤでは、12才は成人男性と認められる年齢でした。その12才になったから、イエスさまが(恐らく初めて)エルサレムに行かれたということなのでしょう。その神殿初体験に、12才のイエスさまは夢中になりました。特に、神殿で集まってくる人たちに教えることを天職と思っている「教師たち」の話に、興味を惹かれたようです。彼らは律法の教師であり、都会的な知識人でしたから、その話を聞くということは、ナザレのような田舎では体験できないことでした。まだ12才の少年が、つい時の経つのを忘れて両親とはぐれてしまったのは、無理からぬことです。ところが、その間にナザレから来た巡礼者の一団は帰路に着いてしまいます。

 過越の祭りは安息日から安息日までの8日間でした。その何日目にイエスさまが異邦人の庭と呼ばれた外庭に入り込んで両親とはぐれてしまったのか分かりませんが、おそらく、同じような年齢の子どもたちは一括管理されて、大人たちとは別行動だったと思われます(夜だけは両親と一緒だったようです)。イエスさまはその管理者のもとからはぐれてしまったのです。これは、12才の少年が責められることではありませんし、両親の責任でもありません。たまたま管理者の目が行き届かなったということではないかと想像します。帰路に着く日は忙しく、つい点呼を怠ってしまったのでしょう。帰路に着いた一行は一日路を歩き、夜、顔を合わせる時間になって、初めてイエスさまがいないことに気がつきました。そこはエリコと思われます。翌朝、ヨセフとマリヤは団体一行と別れ、イエスさまを探しながら、一日路エルサレムまで引き返してきました。そして翌日・3日目の、たぶん朝方に、神殿の外庭で教師たちに囲まれているイエスさまを見つけたのです。


U 父の家に

 教師たちの真ん中で夢中になっている12才の少年の様子を、両親はあきれてということもあって、しばらく観察していました。「聞いていた人々はみな、イエスの知恵と答えに驚いていた」(47)とあり、それはマリヤの証言だったでしょうから、「驚いた」のはマリヤ自身でもあったでしょう。彼らにとって、イエスさまのそうした姿を見ることは、極めてまれなことではなかったかと想像します。ナザレでの普段の生活にない一面に触れ、マリヤは何かを感じたのかも知れません。

 しかしマリヤは言います。「まあ、あなたはなぜ私たちにこんなことをしたのです。父上も私も、心配してあなたを捜し回っていたのです」(48) 「どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか」(49) このイエスさまの答えは両親には不可解なものであったとルカは証言していますが、それは、神殿がイエスさまにとって「父の家」であるという宣言を強調しているようです。「父」とは神さまのことに他なりません。今、人となられたイエスさまは、ヨセフやマリヤにとっての良き子どもとして、またユダヤ人社会の一員として成長していく過程にありましたが、それだけに、ご自分の立つところをしっかりとわきまえておく必要がありました。救い主として徹底的に人となることはもちろん大切なことでしたが、何もかも私たちと同じ人となってしまうなら、救い主としての本分を果たすことは出来ません。「父なる神さま」から遣わされた、本来、栄光あるお方がその栄光をお捨てになるところに、イエスさまの救い主としての本分があったのです。十字架とはそういうことでしょう。それほどの意味を込めて、ルカは「父の家にいることを当然とされた」と証言したと聞こえてくるのです……。

 しかし、そんなことは、両親にとって想像すら出来ない事柄でした。彼らはただただイエスさまを心配して、エルサレムに戻って来たのです。イエスさまもそんな両親の心配に応えて、素直にナザレに戻ります。ただ、イエスさま本来の居場所はあくまでも「父の家」なのだと、ルカは意識しているようです。「それからイエスは、いっしょに下って行かれた」(51)と、ルカは言葉を選んでいます。


V 栄光をお捨てになって

 ところで、この記事は、「さて、彼らは主の律法による定めをすべて果たしたので、ガリラヤの自分たちの町ナザレに帰った。幼子は成長し、強くなり、知恵に満ちて行った。神の恵みがその上にあった」(39-40)と始まります。これは挿入された独立句のようですが、同じようなスタイルで52節にも「イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人とに愛された」とあります。12才の時の記事は、この繰り返される二つの独立句に挟まれています。この独立句に、12才のイエスさまを登場させたルカの意図が暗示されているようです。見たいことが二つあります。

 一つは、イエスさまが「成長し」「知恵が進んでいった」とあるところです。「知恵」のことは、エルサレムで教師たちとのやりとりを聞いていたマリヤの印象にも強く残って、「(人々は)驚いた」と表現されていますから、きっと、特別にこの時期のイエスさまを語るキイワードなのだろうと思われます。ところで、この福音書には、一つの特徴なのでしょうが、しばしばこのような独立句が挿入されています。1:80には、バプテスマのヨハネに関する独立句がありますが、神さまの同じ目的のもとに誕生したということで、イエスさまのものと非常に似ています。「さて、幼子は成長し、その霊は強くなり、イスラエルの民の前に出現する日まで荒野にいた」というもので、「霊」と「知恵」という違う言い方になっていますが、恐らく同じ内容を含む言い方なのだろうと思われます。つまり、「知恵に満ち」とは、神さまのご介入による成長なのだという証言でしょう。そして、自我が芽生え始めた12才のイエスさまは、そのことをご自分のもっとも大切なものとして意識され、それが、神殿で「父の家に」という言い方になったのではないかと思われるのです。これは、イエスさまの「救い主」としての本分に繋がる知恵の成長であると、ルカは、そのことを意識しつつ、12才の神殿でのイエスさまのことを取り上げたのではないかと想像するのです。

 もう一つは、「神の恵みがその上にあった」「神と人とに愛された」というところです。これはイエスさまだけが「(特別に)神さまに愛された」ということではありません。そのように聞きたいところですが、この表現は、普通に人が社会人として認められる年齢になったことをいうものなのです。「すくすくと育った」ということの、別の言い方と考えていいでしょう。ルカの目は、神さまをご自分の「父」と意識されたイエスさまが、その意識を捨てて人となったところに注がれているようです。ナザレに帰られたイエスさまは、「両親に仕えられた」(51)と、その後30才になるまで平凡な一市民としてナザレに埋もれていきます。ルカによる福音書の一つの特徴が、イエスさまを「人の子」と呼ぶことにありますが、ここでルカは、そのことを繰り返し強調しているわけです。なぜでしょうか? 救い主として、私たちの罪をその身に負いつつ、十字架におかかりになるためでした。罪のないお方が、しかし、私たちの罪をご自分のこととして苦しみ抜くために。だからこそ私たちの救いになり得たと、ルカの深いメッセージが聞こえてくるではありませんか。