ルカによる福音書

88 主によって生きる者と

ルカ 20:27−40
詩篇 111:1−10
T サドカイ派の論客が

 サンヒドリン議員たちが送り込んだ間者・パリサイ人とヘロデ党の人たちに続いて、イエスさまのところにやって来たのはサドカイ人たちでした。受難週の二日目、月曜日の出来事が続いています。この日は、パリサイ人を始めユダヤ教各派の人たちが次々とやって来てはイエスさまに問答を仕掛けていますので、論争の一日と名づけられています。きっと、近づいている過越の祭り(三日後の木曜日晩餐から始まる)の前に、イエスさまを何とかしてしまいたいと焦っているのでしょう。

 サドカイ人とは、祭司家系に連なる上流階級の人たちで、サンヒドリン議会に多くの議席を有する有力な一派でした。彼らは自由主義ユダヤ教と呼ばれていますが、それは、伝統的宗教の近代化を図ったという、現代風な意味での自由主義ではありません。むしろ、その意味から言えば、彼らは保守派でした。彼らは、モーセ五書(律法・トーラー)だけが神さまの啓示の書であるとして、それを唯一の規範として生活していました。もっとも、モーセの権威は認めるが預言者の権威は認めないといった偏りがあり、そのためか、ユダヤ教主流派の座を射止めることが出来なかったのです。当時ユダヤ教の主流派となっていたのは、パリサイ派(律法学者はその系列)でした。サドカイ人は、パリサイ人が後代の文書(預言書、詩篇、知恵文学)、更には聖書解釈についての学者たちの口伝(タルムッド)をも律法と同じランクに置いていたことに対し、そんな律法主義を断じて共有することは出来ないと、激しい対抗意識を抱いていたようです。パリサイ派の人たちとは、サンヒドリン議会でもお互い多数派の政敵でした。そんなパリサイ派的律法主義から自由な人たちという意味で、自由主義と呼ばれるわけです。パリサイ派の神学からすれば、彼らが「復活があることを否定する」(27)という紹介文は、妥当と言えるでしょう。モーセの律法は、死者の復活には直接触れていないのです。その教説は、イザヤ26:19にあるものの、おもに捕囚期以降の文書(ダニエル12:2-)で、ゆっくりと形成されてきたものでした。彼らは、律法主義者への皮肉たっぷりな質問を持ってやって来ました。イエスさまも同類と見ていたのでしょう。


U 復活へのあざけりを

 「先生。モーセは私たちのためにこう書いています。『もし、ある人の兄が妻をめとって死に、しかも子がなかったばあいは、その弟はその女を妻にして、兄のための子をもうけなければならない。』ところで、七人の兄弟がいました。長男は妻をめとりましたが、子どもがなくて死にました。次男も、三男もその女をめとり、七人とも同じようにして子どもを残さずに死にました。あとでその女も死にました。すると復活の際、その女はだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻としたのですが」(28-33) これはレヴィラート婚(逆縁婚 申命記25:5-)として知られるものですが、恐らく、族長時代の名残り(創世記38:8)として、イスラエルに定着していたのでしょう。そこでは兄と弟の二人だけのこととして描かれていますが、しかし彼らサドカイ人たちは、兄と弟を七人兄弟と思いっきり枠を広げて挑戦してきました。彼らが攻撃目標としたのは、まず、パリサイ人たちでした。パリサイ人たちの律法主義は、起こり得るあらゆるケースを想定し、前もってそれを解決しておこうという意識に基づいて成り立っています。ですから、律法を解釈したラビたちのことばを律法と同等の権威としたタルムッドは、その量たるや4dトラックいっぱいになるとも言われ、彼らはそれらを溜め込んで重んじていました。そんな彼らが復活の期待に固執するなら、ここに解決不能なケースがあるではないかと、皮肉ったわけです。しかも、パリサイ人が武器とするモーセを証人に立てて……。

 そんなパリサイ人への攻撃材料をイエスさまに向けたということは、彼らが、イエスさまをパリサイ派の一人、もしくはパリサイ派シンパであろうと考えていたことを物語っています。確かにイエスさまはしばしば「ラビ(律法学者の中のある者につけられた尊称)」と呼ばれていましたし、弟子たちの中にはパリサイ人も何人か加わっていたようですから、サドカイ人が、この際、政敵も一緒にまとめて失墜させてしまおうと目論んでも、おかしくはありません。もしかしたら彼らには、イエスさまについての情報が不足していたのかも知れません。それほどイエスさまの動向に関心がなかった、と言っていいのではないでしょうか。それが「宮清め」(19:46-48)や「権威問題」(20:1-8)で、彼ら自身の権威にとって、面白くない状況が持ち上がったのです。このまま放置しておくわけにはいかない。自分たちのこれまで築き上げて来た権威にかけても、何とかしなければならない。「サドカイ人のある者たちが」(27)とは、先にやって来た「民のおもだった者たち」(19:47)や「長老」(20:1・恐らく彼らもサドカイ人)とは別の、それなりに経験を積んだ論客だったのでしょう。


V 主によって生きる者と

 イエスさまがお答えになりました。「この世の子らはめとったり、とつだりするが、次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から復活するのにふさわしいと認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、復活の子として神の子どもだからです。それに、死人がよみがえることについては、モーセも柴の箇所で、主を『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と呼んで、このことを示しました。神は死んだ者の神ではありません。生きている者の神です。というのは、神に対しては、みなが生きているからです」(36-38) イエスさまは復活ということを、サドカイ人やパリサイ人の理解とは全く別のところからお話しになりました。それは神さまの領域なのです。復活というファクトとしても、それは私たちの理解を超えることであり、訳としても難点がありますのでむつかしいところですが、分かるところだけでも、そのまま理解するのがいいのではないでしょうか。ある注解者が、「復活によって死が滅ぼされたなら、神の御心に従って生殖の役に立っていた結婚も不必要になる。そして、すべての力は、御使いたちの場合のように、神を賛美し神に仕えるために自由となるであろう。イエスはこれ以上のことは言われない。(弟子たちにとっては)それだけで十分だった。来るべき神の国において、つねに主とともにあることを弟子たちの唯一の願いとされた」と述べていますが、このところの中心を良く言い表していると思われます。パリサイ人の復活に対する期待は、この世で満たされない願望が輝かしく実現されることでした。此岸と彼岸は、彼らにとって別のところではなかったのです。サドカイ人が否定しながらも思い描いた復活も同様です。彼らの質問には、モーセのことばが引用されていながら、重要な部分が欠けています。申命記25:6には、「その名がイスラエルから消し去られないようにしなければならない」とあるのです。それは、神さまがその家(存続するようになった)を通して覚えられるようにということであり、あくまでも神さまが中心であるということでした。サドカイ人の意識からもパリサイ人の意識からも、そのところが欠落しています。イエスさまは復活のミステリーを明らかにしようとされたのではなく、かの世界でもこの世界でも神さまが中心なのだと、そのミステリーに関わる権威あるお方として、彼らの欠落したところを指摘されたと聞いていいのではないでしょうか。

 このフレーズで、とりわけ、これは彼岸のことなのか、それとも此岸なのかと、とまどうところがあります。「次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から復活するのにふさわしいと認められる人たち」(訳としては新改訳がベター) の「認める」というところで、ルカの意識はそのどちらも含んでいたと想像するのですが、そこにイエスさまの十字架による私たちへの「認証」が聞こえて来るように感じられてなりません。私たちは、その十字架の贖いによって生きる者となったのです。残念ながら、聞いていた挑戦者たちは、不遜にも敵対の思いを燃え上がらせながら、沈黙してしまいました。しかし私たちは、これを希望への約束であるとして、主への信仰の告白と賛美をささげたいではありませんか。