ルカによる福音書

82 王たるお方を

ルカ 19:28−40
ゼカリヤ 9:9−17
T 神さまのみ国が

 「これらのことを話して後、イエスは、さらに進んで、エルサレムへと上って行かれた。オリーブという山のふもとのベテパゲとベタニヤに近づかれたとき、イエスはふたりの弟子を使いに出した」(28-29) イエスさまがエルサレムに到着します。それはイエスさま最終章の始まりですが、決して終焉ではありません。「これらのことを話して」とあるそれは、17:11-19:27にある弟子たちへの10の教えを指しますが、その弟子たちがイエスさま最終章に加えられ、新しい章が始まります。

 さて、今朝の箇所はエルサレム入城です。他の福音書によりますと、前日(過越祭の6日前・安息日・ヨハネ12:12-)はベタニヤに泊まられ、翌日の夕方(マルコ11:11)、ベテパゲ(マタイ21:1)まで来られた時にロバの子に乗られ、神殿への通路・黄金門からエルサレムに入城されました。その辺りをルカは、「オリーブ山のふもとのベテパゲとベタニヤ」とまとめたのかも知れません。そして彼は、もう一度その道筋を確認しています。「イエスがすでにオリーブ山のふもとに近づかれたとき、弟子たちの群れは……賛美し始め」(37)、オリーブ山を越えて降りて来る(旧)エリコ街道、それがイエスさまの辿った道でした。山頂付近からキデロンの谷の向こう正面左寄りに黄金門、右に一般通用門の羊門のある辺りを見ながら降りて来ますと、神殿や町並みが良く見えます。しかし、それは同時に、神殿の衛士やアントニオ丘に駐留しているローマ軍にも、イエスさまの一行が視界に入るのです

 ただでさえ人目を惹く仰々しい行列に、イエスさまは、エルサレム入城のために、ふたりの弟子を遣わしてロバの子を用意させました。それに乗って入城しようというわけです。「向こうの村に行きなさい。そこにはいると、まだだれも乗ったことのない、ロバの子がつないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて連れて来なさい。もし、『なぜ、ほどくのか』と尋ねる人があったら、こう言いなさい。『主がお入用なのです』」(30-31) 弟子たちが行ってみますと果たしてその通りで(33)、不思議なことに、「主がお入用なのです」というイエスさまのことばに、持ち主(原文では主)は何の疑問も返さず、ロバの子を弟子たちに引き渡してくれました。それは、イエスさまの隠れた弟子とか、知人といった説明ではすまない「奇跡」の様相を呈しています。今、イエスさまは主・メシア・王として、人々の前にご自分を現わされようとしておられるのです。ゼカリヤ書に、「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ロバに乗られる。それも、雌ロバの子の子ロバに」(9:9)とあります。


U 弟子たちの賛美が

 ふたりの弟子は、連れて来たロバの子に自分たちの上着をかけて、イエスさまをお乗せしました。そして人々は、イエスさまが進んで行かれる道に自分たちの上着を敷いたのです。それは自分たちの王を迎える故事に倣ってのことでした(U列王9:13)。しかし、マタイの並行記事と比べますと、入城までの道筋や経緯、ゼカリヤの預言などは省かれ、精彩を欠いているようにも感じます。何故かルカは、イエスさまが王としてエルサレムに入城して来られることを、この記事の中心には置いていないようです。いや、イエスさまが王であることの別の意味を問いかけようとしているのでは、と言ったほうが正確なのかも知れません。ですからここでは、イエスさまが王として行動されたと言うだけで十分でした。それ以上の詳しいことは、ルカにとって必要なかったのでしょう。

 37節以降、それまで淡々としていたルカの記事が突如、生き生きと躍動し始めます。
 「イエスがすでにオリーブ山のふもとに近づかれたとき、弟子たちの群れはみな、自分たちの見たすべての力あるわざのことで、喜んで神を賛美し始め、こう言った。『祝福あれ。主の聖名によって来られる王に。天には平和。栄光はいと高き所に』」(37-38) きっと、弟子たちの賛美は、エルサレムの町並みや神殿が彼らの視界に入ったところから始まり、その賛美の声はすぐに町や神殿にも届きました。「祝福あれ。主の聖名によって……」は、当時、メシア預言として知られていた詩篇118:26とゼカリヤ9:9(あなたの王があなたのところに来られる)を組み合わせたもので、明らかにこれは、「メシアがお通りになるぞ」という先触れなのです。ロバの子に乗られたイエスさまは、否が応でも町の人たちの注目の的となったことでしょう。間もなく、たくさんの群衆が集まって来ました。

 その中にはパリサイ人たちも混じっていました。彼らは、そんな華々しい弟子たちのそぶりを見て、苦々しく思ったのでしょうか。「先生。お弟子たちをしかってください」(39)と注意します。彼らはイエスさまのことを「先生」と呼びかけました。それは、どんなに割り引いて聞いても、「ラビ」以上の呼びかけではありません。彼らは、ユダヤ教教師としてなら認めるが、今、王として振る舞われているイエスさまを認めたくはないのです。メシアであるお方なのだとは。


V 王たるお方を

 彼らは、表面的には、イエスさまの身を案じているような言い方をしました。当時、メシアを名乗る者には、非常な危険が伴うのが常だったからです。これまでにも何人もの自称・他称のメシアが出たユダヤ社会でした。そんなメシアとその支持者たちの動きは、すぐに「暴動」と見なされ、粛正されてしまいました。もちろん首謀者たるメシア本人は、逮捕後処刑されたことはいうまでもありません。

 今なら間に合う。弟子たちの賛美を止めさせ、これは彼らの暴走だとイエスさまが認めるならば。たとえ、アントニオ丘(ローマ総督の官邸)から一部始終を眺めているであろうローマ兵士たちに捕らえられても、まだ言い訳が利くだろうから……。言葉は丁寧でしたが、彼らパリサイ人たちは、イエスさまを脅しにかかったのです。事実、弟子たちは、イエスさまが王たることの真の意味を理解しないまま、暴動に近い浮かれようでしたから、その危険性は十分にあったわけです。

 しかし、山を降りてくる人たちの様子を見張っていたと思われるのに、ローマはイエスさまたち一行を、危険集団とはみなしませんでした。武器を携帯していなかったからでしょうか。彼らが行動を起こしたのは、後に、イエスさまを告発する反対者の側に、暴動の気配を感じてからでした。むしろ、ローマよりパリサイ人、律法学者、祭司長など・ユダヤ人指導者たちのほうが、イエスさまに「危険」というレッテルを貼りたがっていたと言えるでしょう。しかし、その時、確かに弟子たちはわけが分からないまま騒いでいましたが、彼らの賛美は当を得ていました。きっと、聖霊のお働きがあってのことでしょう。やがて彼らは、信仰告白を伴ったその賛美の内容を、民衆に伝える者となっていくのです。イエスさまは、「私たちのところに来られた主なるお方、平和の王、メシア、救い主」なのだと。ルカは、その「時」を見つめながら、この記事を執筆していたのでしょうか。

 彼らパリサイ人たちは、オリーブ山から降りて来る一行の中に、そのことを誤解の余地のない事実としてはっきり目撃しました。だからこそ、受け入れられなかったのです。そして、イエスさまもまた彼らのそんな意図を明確に聞きわけ、拒絶されました。「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます」(40) 「石が叫ぶ」、関連すると思われる「石」が44節に出てきますが、それは次回の箇所ですのでその時に触れることにして、今はそのまま聞いておきましょう。私たちがイエスさまを主であると告白せず、また、十字架とよみがえりの証人にならなければ、もの言わぬはずの石が、イエスさまの救い主であることを叫び出すと言われるのです。現代、そうなりつつある私たちではないでしょうか。もし、石が叫び始めた時、果たして黙した私たちは主から何と言われるのでしょう。「わたしはおまえを知らない。行ってしまえ」なのでしょうか。それとも、石が叫ぶことがないように、今、弟子の務めに励むのか。心して聞かなければなりません。