ルカによる福音書

76 主の恵みに満ちた宣言を

ルカ  18:9−14
イザヤ 57:15−19
T 強烈な自信をもって

 エルサレムへの途上で、弟子たちを教えられた4番目の記事です。「自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対しては、イエスはこのようなたとえを話された」(9) 前回のテキスト18:1と同じように、今朝のテキストにも冒頭のコメントがついています。イエスさまのお話に先立ってルカがコメントをつけたのはこの二回ですが、前回はそのコメントの「失望せずに祈り続けることを教える」ことを、表層的なたとえ話・不正な裁判官の対応からではなく、もっと奥深い、終末的場面を念頭においての教えであろうと聞きました。恐らく、今朝のテキストにも、断片的にも見える中に、奥行きのある教えが隠されていると思われます。今回もルカは、たとえ話そのものには何の説明も加えず、イエスさまが語られたそのままを提供したと思われますが、コメントはそのためなのでしょう。その隠されたところを聞いて欲しいという、ルカの願いが込められているようです。

 「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。パリサイ人は、立って心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを感謝します。私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております』」(10-12) エルサレムの神殿には、朝夕の定められた時間以外にも、大勢の人たちがひっきりなしに祈りに来ていましたが、そんな人たちの様子をイエスさまは何度も見ていました。このお話もその観察から生まれたのでしょう。パリサイ人は心の中で祈りました。「心の中で」とあります。誰にも分からない心の内のことを、イエスさまだからこそ見抜くことが出来たと、そんなメッセージを何度か聞いたことがあります。確かにその通りなのでしょう。しかし、それではちょっと安直過ぎるようです。ここは、原文では「自分に対して」(永井訳参照)となっており、必ずしも黙祷を意味しません。ユダヤ人は大きな声で祈るのが普通でした。今もソロモンの神殿の一部が残る西壁(嘆きの壁)の前で、大勢の人たちが大声で祈っている様子が見られます。当時、特にパリサイ人は、通りの四つ角に立って祈ることを好む(マタイ6:5)とまで言われたくらいですから、自分の義について絶対的な自信を持つ信仰者は、何のてらいもなく、大まじめにこれくらいの祈りをしていたと思われます。その強烈な自信は、一体どこから来るのでしょうか。


U 尊い務めとして

 中には、自分の偉さを誇示しようとする、浅薄な偽善者もたくさんいたことでしょう。しばしばイエスさまが厳しく非難しているパリサイ人たちは、そのような人たちでした。しかし、ここに登場してくるパリサイ人は、群を抜いた敬虔な信仰者として、ゆする者(奪い取る者・新共同訳)、不正な者、姦淫する者ではないと、厳しく自分を律していました。その彼の満々たる自信を示す義として、「週二度の断食」と「十分の一の献げもの(税)」があげられています。モーセの律法に規定されている断食は、年一度の大贖罪日だけでしたが(レビ記16:29)、それが次第に増え、その頃、熱心な信心家たちは(彼も)、週二度もの断食をするようになっていました。

 十分の一税のことを見ますと、その目的意識がはっきりしてくるようです。申命記14:22以下には、穀物、ぶどう酒、油の十分の一、さらに牛や羊の初子を主に献げるよう求められていましたが、一般民衆はこの律法を厳格には守っていなかったのでしょう。熱心なパリサイ人たちは、そういったものを購入したとき、もしかしたらこれは十分の一税が支払われていないかも知れないと、その十分の一税を負担するべく、再納税も覚悟の上で、その義務を自らに負わせました。とりわけ熱心な者たちは、モーセの律法に指定されていないものまで、自らが負うべき十分の一税の対象としました。ユダヤ社会で彼らは、民衆への模範となるよう心がけていました。彼らの祈りは、民衆への教育でもあったのです。ユダヤ社会の指導者としての自覚が、そうさせていたのでしょうか。いや、それ以上に、これは神さまに対する彼らの尊い務めであると考えていたようです。週二度の断食、また、過分な十分の一税にしても、他の人の贖罪を願う彼らの、自発的な信仰行為であったと言えるでしょう。決して自分のためではないのです。ですから彼らは、律法を100%以上、120%にも140%にも拡大して守ることが出来たのでしょう。私たちは、その好例をパウロに見ることが出来ます。彼は、「八日目に割礼を受け、イスラエル民族に属し、ベニヤミンの分かれの者です。きっすいのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です」(ピリピ3:5-6)と誇っています。
 彼らは正しいのです。その正しさの前に、誰が立つことが出来るでしょう。


V 主の恵みに満ちた宣言を

 このパリサイ人の祈りの中に、「ことにこの取税人のようではないことを感謝します」とあります。神殿の、恐らく異邦人の庭で祈ったふたりの位置関係は、当然、パリサイ人が神殿に近く(祈りに来る人たちの大半はそうでした。後ろはがら空きだったと言えるでしょう)、取税人はずっと後方にいたのでしょう。広い前庭のことですから、パリサイ人から取税人の姿など目に入らないだろうと思うのですが、しかし彼は、その取税人を意識しています。取税人のしるしである銅板を首につるし、棍棒まで持っている姿を目にしていたのでしょうか。もしかしたら、そんな汚らわしい者がこの聖域に入って来るなど許されることではないと、不快に感じていたのかも知れません。断食や十分の一税のこととも合わせ、彼の義は、他の人との比較にあったと言えるのではないでしょうか。

 ところが、この取税人は、回りの人たちの目を全く意識していません。彼は「遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて」(13)祈りました。彼は、荘厳な神殿の建物に近づくことさえ出来ず、前庭後方(入り口に近いところ)の隅っこで、しかし、神さまの目を意識しているのです。「目を天(神さま)に向けようともせず」、しょんぼり下を向いたままぼそぼそと小さな声で、もしかしたら目に涙が……と、そんな光景が浮かんで来ます。しかし、だからこそ、一層彼は神さまの目を意識していただろうと感じられるのです。神さまの目は、その前に立つならば、誰も滅びを免れ得ない義の目です。恐らくこのパリサイ人は、そんな神さまの義の代理人を任じていたのでしょう。しかし取税人は、「神さま、こんな罪人の私をあわれんでください」(13)と祈りました。彼が自分を「罪人」としているのは、もちろん、取税人という自分の職業に負い目あってのことと思われますが、何よりも、自分には誇るべき義がないと感じているからなのでしょう。彼は、神さまの民・イスラエル社会から疎外されていましたが、その回復を心から望んでいました。彼は、神さまのあわれみだけを願っているのです。

 イエスさまは言われました。「この人のほうが、前の人よりも、義と認められ、家に帰って行きました」(14・S46.6発行の新改訳) このたとえ話は、恐らく、実話でした。彼はイエスさまから義と宣言された(罪を赦された)のです。「家に帰って行った」とは、彼の喜びを示しています。そして、「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるのです」(14)と締めくくられました。これは、ルカの思いなのでしょう。そして、当時の異邦人教会に、こんなパリサイ人が加わっていたと想像させられます。ルカは、神さまから遠く離れているという点では、異邦人たる自分も異邦人教会の人たちも同じだとして、取税人へのイエスさまの恵みに満ちた宣言を、自分たちへのこととして聞いたのです。だからこそ、冒頭に、「主」を気取るパリサイ人を、断じて義人などではないとコメントをつけました。ここから、神さまの義を持つお方はイエスさまだけであると、ルカの信仰告白が聞こえてきます。果たして現代の私たちは、その信仰に立っているでしょうか。心して聞きたいものです。