ルカによる福音書

73 恵みに応えることを

ルカ 17:11−19
哀歌  3:22−24
T 十人のらい患者が

 「そのころイエスはエルサレムに上る途中、サマリヤとガリラヤの境を通られた」(11)
 聖書地図を見ますと、ペレアの北に異邦人の地デカポリスがあります。そのデカポリスが、ヨルダン川を越えて西に一部張り出しています。イエスさま一行がヨルダン川を渡られたのは、その辺りだったのかも知れません。きっと、ペレアからデカポリスに入るその辺りで、シンパの人たちやパリサイ人たちは帰って行ったのでしょう。川西に一部延びているデカポリス領内を歩いて行きますと、サマリヤとガリラヤの境、エズレル平野に出ます。イエスさまはそんなコースを辿られたようです。そこから山の道を通ってエルサレムに上って行くのですが、そのエズレル平野にある小さな村での出来事だったのでしょうか。「10人のらい病人がイエスに出会った。彼らは遠く離れた所に立って、声を張り上げて、『イエスさま。先生。どうぞあわれんでください』と言った。イエスはこれを見て、言われた。『行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。』彼らは行く途中でいやされた」(12-14) 彼らのうちの一人はサマリヤ人でしたが、残りは恐らくユダヤ人(ガリラヤの)でした。ユダヤ人とサマリヤ人は仲が悪いことで有名でしたが、同じ病いに冒された者たちです。きっと、その近くに、民族を越えて同病の人たちが身を寄せ合う、コロニーがあったのでしょう。

 その辺り一帯は、ほんの少し前までイエスさまが頻繁に行き来されたところです。彼らの中にイエスさまを見知った人がいたとしても、不思議ではありません。あそこにいらっしゃるお方がイエスさまだと分かると、遠く離れた所に立って、「どうぞあわれんでください」と叫び始めました。以前にもイエスさまはらい病人を癒されたことがあり(5:12-15)、そのことを覚えていたのでしょう。遠く離れた所からだったのは、一般の人たちに近づいてはいけないという、この病を持つ人たちへの律法規定でした。イエスさまが触れもせずに、ただ「行って祭司に見せなさい」と言われたのは、彼らの信仰を求めたからでしょうか。彼らは言われた意味を理解しました。「祭司に見せる」のは、これも律法規定ですが、ユダヤでは、らい病に冒された者もまた直った者も、祭司が認定していました。らい患者と分かると神殿や会堂への出入りが差し止めになり、その認定ですから、医者ではなく祭司が行なうわけです。それはユダヤ市民権の停止を意味し、神さまの前では死んだに等しい扱いを受けるのです。直った時には、市民権は復活します。祭司はその両方の権限を有していました。祭司は医者ではありませんから、誤診の可能性も当然ありましたが、それでも何の問題にもなりませんでした。重要なことは、発病したとか直ったとかいうことではなく、祭司がそれを宣言したということだったからです。ですから彼らは、触ってはもらえませんでしたが、回復(祭司に回復宣言をしてもらえる)の期待をもって、祭司のところに急ぎました。その途中で、彼らは病気が癒されたことに気がつくのです。


U ユダヤ人とサマリヤ人と

 きっと、これは弟子たちの証言なのでしょう。その証言をルカは、医者の目で精査しつつ、《彼は確かにらい患者であったが癒された》と認定し、こう記事にしました。「……清くされた(新共同訳)。そのうちのひとりは、自分のいやされた(新共同訳)ことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった」(14-16) 二カ所に新共同訳を入れましたが、新改訳を除いて他の訳はいづれもそうなっており、原文もその通りです。なぜそんな細かなところにこだわるのかと言いますと、一つは、「清くされた」というユダヤ的なこの言い方から、残りの九人がユダヤ人であると分かるからです。恐らくそれは、一緒にいたもう一人、つまり、サマリヤ人の証言からと思われますが、彼ら(九人のユダヤ人)は清くされた(なった)ことだけを喜び、それがイエスさまによるということを黙殺しました。おそらく彼らは、イエスさまがメシアであると聞いてきたと思うのですが、どこかに疑いの目を持っていて、メシアとしてのイエスさまを無視したと言っていいでしょう。彼らは、そのまま祭司のところに行ったと思われますが、それは、神さま抜きの律法主義・パリサイ人たちと同じあり方だったのではないでしょうか。

 ところが、一人サマリヤ人は、イエスさまのところに戻って来ました。彼の身に起こったことは、彼自身の証言と思われますが、「いやされた」となっています。それは、ユダヤ人のように祭司に見せる必要がなかったから、と聞くべきではありません。彼らもモーセの律法(五書)を正典として、その教えを守っていたからです。しかし彼は、まず、いやしてくださったイエスさまに感謝をささげたいと思ったのです。祭司のところに行くのは、それからでも遅くはない。外国人のこの彼は、イエスさまをまことのメシアであると信じました。「大声で神さまをほめたたえた」と「イエスさまの足もとにひれ伏した」は、同じことでした。それは彼の信仰告白ではなかったでしょうか。


V 恵みに応えることを

 この箇所を締めくくられたイエスさまの、最後のことばをお聞きください。「十人いやされたのではないか。九人はどこにいるのか。神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか」(17-18) 「立ち上がって行きなさい。あなたの信仰があなたを直したのです」(19)

 ここから、九人のユダヤ人のことをあれこれ言うのは本筋ではないかも知れません。しかし、どうしてもここで、真っ先に彼らに向けられたイエスさまの厳しい目を感じてしまいます。それでも、イエスさまのところに戻って来なかったからといって、彼らの病気が再発したということはなかったでしょう。行われた奇跡は、取り消されはしませんでした。「いやされた」とあることばには、確定的なニュアンスが含まれており、そこにあるのは、主の恵みに他なりません。それは、サマリヤ人にも彼らにも等しく与えられたものでした。そこには何の区別もないのですが、彼はその恵みを真に恵みとして受け止め、彼らはその恵みのそばを素通りしてしまったのです。「立ち上がって行きなさい。あなたの信仰があなたを直した」とこれは、恵みを受け止めたサマリヤ人への主からの祝福ではなかったでしょうか。そのように聞く時、病気がいやされる以上に大切なことがあると覚えなければなりません。それは、その恵みに応答していくことであり、主の前で私たちの信仰が問われることであると覚えたいのです。

 思い出して頂きたいのですが、イエスさまは今、エルサレムを目指して上って行かれる、その道の最終段階におられます。九人のユダヤ人がイエスさまを離れていったということは、ご自分の民に捨てられることを意味しているのです。十字架が、ここにはや、シンボルとして予告されているではないですか。そして、一人のサマリヤ人が恵みに応えたことは、ルカの意識にずっと潜在していた、異邦人教会へ向けられたメッセージであるとも言えるのではないでしょうか。今朝のテキストは、その異邦人教会に起こっていた事柄を想像させてくれます。そこでは恐らく、入り込んで来たユダヤ人たちによって、信仰者としての(一種の)ランクづけが行われていたのではと思われるからです。自分たちはユダヤ人だから、クリスチャンとして異邦人よりはるかに上等であり、そして、異邦人たちも、自分たちはユダヤ人より神さまから遠く遠く離れた存在であると、知らず知らずのうちに卑下してしまっていた……。これは更に枠を広げますと、私たちの問題点の一つ・クリスチャンの特権意識につながる危険性を持つと言えるのではないでしょうか。イエスさまの十字架は、上等な人たちのためだったのでしょうか。それとも、胸を打ち叩いて、「罪人の私をお赦しください」と主の前にへりくだる者たちのためだったのでしょうか。ルカの中にどちらの人たちが意識されていたのか、言うまでもありません。ここに、神さまから遠く離れていると悲しむ人たちへの、励ましのメッセージが聞こえるではありませんか。頂いた恵みに応えるには、へりくだった信仰を献げる以外にないのです。その恵みに応える者であり続けたいですね。