ルカによる福音書

64 十字架の主に

ルカ  13:22−30
イザヤ 53:10−12
T シンパの主張

 「イエスは、町々村々を次々に教えながら通り、エルサレムへの旅を続けられた」(22) 31節にはヘロデがイエスさまを殺そうとしていることが記されていますので、恐らく、この「町々村々」はペレア地方であろうと思われます。ヘロデ・アンティパスはガリラヤとペレアの領主でした。ベタニヤ訪問(10:38-42)から始まるユダヤ地方巡回の、その前にある70人の弟子たち派遣の記事は、恐らく、イエスさま一行がかなりの期間を過ごされたペレアでのことでした。そのペレアで、まだ訪れていなかった町々村々を……というのが今回の巡回目的だったのでしょう。このような訪れ方は、イエスさまのエルサレム行きが近づいて来たことを意味します。だからルカは、わざわざ「エルサレムへの旅を続けられた」と加えたのではないでしょうか。ルカは今、その一点を見つめ続けています。

 その旅の途中、ある人が「主よ。救われる者は少ないのですか」(23)と質問しました。彼はイエスさまと一緒に町々村々を巡り歩いていた中の一人だったようです。ここがペレアだとすると、彼はイエスさまの弟子かシンパ(イエスさま親派)ではなかったか、恐らく、シンパだったろうと思われます。ペレアでのお働きは、ガリラヤでもそうだったように、中心都市のある家に滞在し、その家を根拠に周辺の町々村々を巡っておられたようです。ですから人々は、留守中にもその家に押し掛けて来て、イエスさまのお帰りを待っていることもあったでしょう。その間、留守を守る弟子たちの話を聞いたり、集まって来た人たち同士で、これまで聞いたイエスさまの教えを反芻していたのではと想像します。イエスさまを信じて新しい弟子になった人たちも多く、更に、信じないまでも多数のシンパとなって、イエスさまの回りを取り囲んでいました。

 イエスさまのお話に、そんなシンパの主張が出てきます。「私たちは、ごいっしょに、食べたり飲んだりいたしました。私たちは大通りで教えていただきました」(26)この人は自分をイエスさまに近い位置にいると自負し、その自負が自分を「救われた者」にしていたのです。恐らく彼は、ユダヤ民族の救いに強い関心を持っていたのでしょう。ところがイエスさまは、パリサイ人などを厳しく非難しています。ユダヤ人が救われないで、いったい、だれが救われるのだろう? 彼の質問は素朴でした。


U 何かが足りない

 イエスさまは言われました。「努力して狭い門からはいりなさい。なぜなら、あなたがたに言いますが、はいろうとしても、はいれない人が多いのですから」(24) どうもイエスさまは、この質問者を「救われた人」には数えていません。ところで、「救われる」とはどういうことなのでしょう。イエスさまの、「門から入れ」というこの言い方から推測しますと、当時のユダヤ人にとってそれは、「神さまのみ国に入ることが確定した人」というのが平均的な理解だったようです。何をもって「確定した」と判断するかは不明ですが。この人も、恐らく、そんな一人でした。「はいれない人が多い」とは、当時のユダヤ人をさしてのことでしょう。しかし、イエスさまはここで、そのユダヤ人とシンパを重ね合わせ、シンパの人たちに向かって、ユダヤ人、特にパリサイ人のようになってはいけないと、警告しておられるのです。彼らに格別の目を注ぎながら……。

 このシンパの彼も、当然ユダヤ人でした。ですから彼は、いかにも選民ユダヤ人らしく、自分を「救われた者」としていました。それは、イエスさまとの交わりを通して得た、「自分は、このお方のこんなにも近くにいるのだから」という確信でした。彼はイエスさまに「主よ」と呼びかけています。彼は単なるシンパでしたが、不思議なことに、神さまのみ国に入るためにはイエスさま(の認可?)が必要であると、的確に福音の中心を言い当てています。しかし、彼はその入り口から中をちらっと覗いただけでした。その門をくぐったわけではありません。シンパとはそんな人たちでした。だからでしょうか、イエスさまは、彼らに向かって「努力して狭い門からはいりなさい」と言われました。「努力する」とは、競技での「苦闘」を意味することばで、パウロがしばしば用いているものですが(ピリピ1:30など)、ルカはいかにもパウロの弟子らしく、イエスさまを信じる信仰は苦闘しつつゴールに向かうものだ、と言っているのでしょう。神さまのみ国の門は確かに狭く、入りたいと願う人は多くても、だれもが入れるわけではありません。何かが足りない。その足りないところを埋めるのは、現代の「シンパ」なる人々にとっても重要なことではないでしょうか。


V 十字架の主に

 イエスさまは続けて言われます。「家の主人が、立ち上がって、戸をしめてしまってからでは、外に立って、『ご主人さま。あけてください』と言って、戸をいくらたたいても、もう主人は、『あなたがたがどこの者か、私は知らない』と答えるでしょう。すると、あなたがたは、こう言い始めるでしょう。『私たちは、ごいっしょに、食べたり飲んだりいたしました。私たちの大通りで教えていただきました』 だが主人はこう言うでしょう。『私はあなたがたがどこの者だか知りません。不正を行なう者たち。みな出て行きなさい』」(25-27) 主人が戸を閉めると、中では宴会(結婚式の)が始まったと思われます。マタイ25章には、手燭を持って花婿を出迎える10人の娘の話が出てきますが、うち5人の娘は手燭の補充用油を用意しておらず、油が切れたので、捜しに行っている間に花婿が到着し、戸が閉じられ、宴会が始まってしまいました。彼女たちがいくら「ご主人さま。あけてください」と言っても、主人は、「あなたがたを知らない」とそっけないのです。いかにもそっくりではありませんか。二度も繰り返される「あなたがたがどこの者だか知らない」とは、「どこから来たのか知らない」という意味です。これは、客がその主人から招待された者であることを指しています。この宴会(神さまのみ国)の主人はイエスさまであり、招待客は信仰者なのでしょう。招待客でない者は、その宴席に入って行くことは断じて出来ません。シンパとはそんな者たちではないかと、ここにイエスさまの宣言が聞こえて来るようです。そして、彼らはこう言われます。「不正を行なう者たち。みな出て行きなさい」 これは詩篇6:8の引用ですが、彼らの「罪」が解消されていないことを意味しているのでしょう。そこに十字架の出来事を絡めている。これは、ルカのメッセージではないでしょうか。

 救いとは、現代の福音主義教会では「十字架の贖いによる罪からの救い(罪の赦し)」を意味するとしていますが、それは、パウロ神学を引き継いできたと考えられます。ルカは、そんなパウロ神学を徹底的にたたき込まれていました。神さまのみ国に入るための第一条件は、イエスさまの十字架に罪が赦されていることで、私たちの側に求められることは、「そのことをあなたは信じるか」という問いかけに、「信じます」と答えることでした。ルカは、今まだ十字架の出来事以前を書き進めているわけですから、そのことは隠されていますが、このシンパの人たちは、イエスさまに向かって「わが主、わが神」(ヨハネ20:28)と告白しているかと問われ、彼らは「いいえ」としか答えることが出来ないではないかと、これも彼の周りにいるシンパの人たちへのメッセージでした。

 ルカのメッセージは、一段とボルテージを上げてきます。「神の国にアブラハムやイサクやヤコブや、すべての預言者たちがはいっているのに、あなたがたは外に投げ出されることになったとき、そこで泣き叫んだり、歯ぎしりしたりするのです。人々は、東からも西からも、また南から北からも来て、神の国で食卓に着きます。いいですか。今しんがりの者があとで先頭になり、いま先頭の者がしんがりになるのです」(28-30) ルカ時代の異邦人教会には、ユダヤ人たちが多数来ており、彼らはまさにシンパでした。自己流にしかイエスさまを見ていないのです。繰り返しますが、現代にもたくさんいるそのようなシンパの人たち、彼らには何かが足りないのです。十字架の主に出会い、罪の赦しを聞いて欲しいのです。「あなたは信じるか」と問われているのです。「わが主、わが神」と応えて頂きたいと切に願います。