ルカによる福音書

6 いる場所のない

ルカ 2:1−7
イザヤ 53:3

T 時満ちて

 今朝はイエスさまのご降誕からです。「そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリアの総督であったときの最初の住民登録であった」(1-2)  アウグストは、政権をかけたアクティウムの海戦でアントニウスとクレオパトラの連合軍を破り、ローマ最初の皇帝となったオクタヴィアヌスです。彼はカイザルの意志を継いでパスク・ロマーナ(ローマの平和)を志し、ドナウ川防衛線、ライン川防衛線、シリア・キリキア防衛線などを強化しようと、ローマの道と呼ばれる軍事道路とそのインフラを整備します。皇帝が支配下の国々に対して「住民登録」を命じたのは、そのためのお金を集める基礎資料になるものでした。

 「そのころ」とは、バプテスマのヨハネ誕生を念頭においてのことと思われます。更に「これは、クレニオがシリアの総督であったときの最初の……」とあるのは、この出来事の年代を意識してのことでしょうか。シリア(ユダヤを含む)はパルティア王国の脅威からパクス・ロマーナ(ローマの平和)を守る防衛線の中心地でした。とても大まかですが、それは恐らく、二回目の国勢調査のことで、BC8年のことであろうと近代聖書学は推測しています。そうしますと、勅令が末端のユダヤにまで到達する日数を考えて、イエスさまご降誕はBC6年頃になります。BCというのは英語のbefore Christの略ですが、これは、6世紀にディオニシュウスという人がいろいろと計算をして西暦Anno Domini(主の年・AD)を考え出したことに始まります。いわゆるキリスト紀元です。これによりますと、イエスさまのご降誕は0年になりますが、しかし、その計算が違っていて、本当のところは6年ほど早いと、今、定説になっています。

 もっともルカは、それほど正確な年代を想定しているわけではありません。彼の意図は違ったところにあるようです。年代設定の鍵「クレニオがシリアの総督」も、自明のことのように言われますが、実は彼のことはまだよく分かっていないのです。恐らくルカは、年代を正確に述べようとしているのではなく、イエスさまご降誕の出来事が事実であったと言いたかったのです。その出来事が私たちの歴史に刻み込まれ、刻んだお方は神さまでした。アウグストによる住民登録も、クレニオがシリアの総督に赴任したことも、神さまのタイムテーブルに書き込まれていたと想像します。イエスさまのお生まれは、神さまの時が満ちてのことだったと覚えさせられるではありませんか。


U イエスさまご降誕の地に

 ともかく、皇帝の命令です。「それで、人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った。ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムという町へ上って行った。彼は、ダビデの家系であり、血筋でもあったので、身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった」(3-5) 「自分の町」とは、「生まれた土地」のある町、或いは「先祖代々の土地」がある町のことですが、その土地は、イスラエル人にとって「神さまから頂いた土地」であり、どんなに長く離れていても、その土地に立つと、神さまが自分の主になり、神さまを身近に感じることが出来るのです。そのような土地がある町に行って登録するのは、そこに自分が所属する土地があるという郷土権を認定してもらうことでした。かつて、アッシリヤやバビロニヤに捕囚となったイスラエルは、自分たちの土地を失い、住み慣れた町を離れなければなりませんでした。或いは貧しさのためにその土地を手放した人たちもいたでしょう。ですから、他国から帰還したり、貧しさのためだったりと、やむを得ず他の町に住みついていた人たちは、誰もが進んで登録に赴いたのではないでしょうか。失われた土地が戻ってくるような喜びを覚えながら、「自分の町」に赴いたことでしょう。それは、自分が何者なのか、そのルーツを確認する意味も込められていました。ルカは、恐らくアンテオケ生まれのギリシャ人でしたから、ユダヤ人たちのそのような渇望がよくは分からなかったかも知れませんが、しかし、彼は信仰者として、彼らの渇望を思ったのではと想像します。

 ヨセフも例外ではありませんでした。代々伝えられてきた家系図を携え、臨月近いマリヤを伴ったのは、その家系図にすでに彼女の名前が書き込まれていたからでしょう。「いいなずけの妻」とは、ユダヤで婚約が法的な結婚を意味しているための言い方です。「いいなずけ」が取れるのは、祝宴を開き(結婚式)、同居を始めてからのこと、彼らはまだ同居してはいません。しかし、彼らは夫婦として(マリヤもダビデ王家の一員になって)イエスさまご降誕の地に立ったのです。


V いる場所のない

 きっと、ナザレを出立する時は何人もの人たちと一緒だったろうと思うのですが、身重のマリヤをいたわって(ロバに乗せて?)休みながら歩いているうちに、すっかり遅れてしまったのでしょう。ベツレヘムに着いた時には、どこもかしこも人が溢れかえっていました。もともと小さな村のベツレヘムに、宿屋なんて気の利いたものはありません。「宿屋」というのは、普通、たった一間きりの民家をカーテン一枚で仕切って客用に一部屋を備えただけの、そこには羊などの家畜も同居しているといった「民宿」のことでした。そして、その一部屋さえも何人もの人たちの相部屋になっていて、恐らく、限定された登録期間が通達されていたのでしょう。数少ない「民宿」はたちまちいっぱいになり、遅れてやって来たヨセフとマリヤが、家系図を取り出して自分たちはダビデの末裔だと言っても、相部屋の小さな空間を提供してくれるところなど、どこにもありませんでした。

 「ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」(6-7) そんな状況の中で、イエスさまがお生まれになりました。「飼葉おけに寝かせた」とあるのは、イエスさまがお生まれになったところが家畜小屋だったことを暗示しているようです。伝承によりますと、家畜小屋にしていた洞穴でした(今はその上に世界最古と言われる聖誕教会が建てられている)。ベツレヘムの町自体が小高い岩山に乗るように造られており、恐らく、防衛のためにそんな要害の地を選んだものと思われます。まわりに何もありませんので、町からエルサレムまでも見渡せます。敵の来襲をいち早くキャッチすることが出来たのでしょう。ベツレヘムには、そんな岩山をくりぬいて造った洞穴はいくつもあるようですが、それは意外と空気もドライで快適な空間でした。きっと夏は涼しく冬は暖かい、大切な財産である羊などの家畜を飼うには、最適の場所ではないかと感じました。懸命に捜したのでしょうか。彼らはそんなところに潜り込むことができました。民宿のごちゃごちゃした相部屋でなくて何よりと思いますが、それも神さまのご配慮だったのでしょう。

 しかしルカは、そんな事情を詳しくは説明せずに、皮肉を込めてこう言います。「宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」と。誰も知りませんでした。彼らの主が、今、すぐそこでお生まれになったことを、そして、そのお方を自分たちは拒否したということを……。しかし、神さまはそんな彼らの神さまでありたいと欲しておられるのです。彼らもまた、神さまにとって価値ある存在でした。だからこそ、イエスさまがお生まれにならなければならなかったのです。イエスさまは彼らの、そして私たちの真ん中でお生まれになったのです。繰り返しましょう。人の心は、土地、財産といった目先にばかり向いていて、神さまがどんなに彼らをあわれみ、その救いのために心を砕いてくださっているか、そんなことにはまったく気づこうとはしません。それはまさに、私たち現代人そのものではないでしょうか。「いる場所のない」とは、「人に棄てられ」ということでしょう。イエスさまを拒否して十字架につけたのは私たちでした。この記事でルカは、その十字架を証言しようとしているのです。イエスさまは、十字架で死ぬためにお生まれになったのだと、心して聞いていきたいですね。