ルカによる福音書

5 ベネディクトゥース

ルカ 1:57−80
イザヤ  9:2−7

T 信仰の喜びの中で

 今朝はバプテスマのヨハネ誕生、1:57-80からです。「さて月が満ちて、エリサベツは男の子を産んだ」(57) マリヤがナザレに帰って1ヶ月ほど経ってのことでした。「近所の人々や親族は、主がエリサベツに大きなあわれみをおかけになったと聞いて、彼女とともに喜んだ」(58)とあります。私たち日本人にとって、老齢出産は「恥ずかしい」感覚が普通ですが、ユダヤ人とてさほど違いはありません。それが、近所の人たちまでが喜んでいるのは、エリサベツ(ザカリヤは家に引きこもっていた)の喜びが素直に伝わっていたからなのでしょうか。ここには「主があわれみをおかけになった」とありますので、エリサベツと人々の「喜び」を、そのところで聞きたいと思うのです。その人たちは、8日目の幼子をユダヤ人として認知する儀式(割礼)のために、ザカリヤの家にやって来ました。それはこの老夫婦への祝福でもあったでしょう。麗しい光景ではありませんか。

 ところで、その間、この老夫婦は何度もガブリエルの言葉を反芻していたにちがいありません。神殿から戻って来た時、ザカリヤはもう言葉を失っていましたから、エリサベツは声を発し、彼は書き板をという不自由な会話でしたが、それだけにいっそう記憶が鮮明になっていたと想像します。ガブリエルは「その子の名をヨハネとつけなさい」(13)と言ったのです。この老夫婦を祝福するためにやって来た人々は、幼子の名を「ザカリヤ」にしようとしました。父親の名前をつける。ユダヤではごく当たり前のことです。「ベン・ザカリヤ(ザカリヤの息子)」ということなのでしょう。子どもの名前を親類や近所の人たちが決めることも、生まれた子どもがその地域社会から認知されるという意味を持っていたのでしょうか。ところが、エリサベツは「ヨハネという名にしなければなりません」と言い、ザカリヤまでも「ヨハネ」という名にこだわります。人々は、「あなたの親族には、そのような名の人はひとりもいません」(61)と不思議に思い、ルカは、「人々はみな驚いた」(63)と書き加えています。ザカリヤという名前にしなかったことは、それほど異常なことでした。人々のとまどいは、その子どもの認知に関する問題をはらんでいるようです。


U 主に仕える

 「ヨハネ(ヨハナンという古いヘブル名のギリシャ語形・神さまは恵み深い)」、これは旧約や新約に同名の人たちが何人も登場しており、別に珍しいものではありません。ですから、ヨハネという名前が問題なのではなく、「ザカリヤ」にしなかったことがこのところの中心点なのです。

 ユダヤ人が父親の名前を継ぐことは、その土地を相続するという意味を持っていました。父親ではなく、親族の名前を付ける場合も同じで、その人の土地を相続するわけです。土地というものは元来神さまから与えれたもので、その土地を守り、管理活用していくことは、神さまへの忠誠を現わす「信仰行為」でした。かつて、アダムがエデンの園を耕作・管理し、その報酬として木々の実を「食べてもいい」と許可されましたが、恐らくここには、そのような神さまとの契約思想が生きていたのでしょう。ところで祭司の場合ですが、「しかしレビ人には、あなたがたの中で割り当て地がない。主の祭司として仕えることが、その相続地だからである」(ヨシュア18:7)とあるように、初めは土地の分配がなかったようです。後に彼らは「主は、私たちに住むべき町々と、家畜のための放牧地とを与えるよう、モーセを通して命じられました」(21:2)と抗議し、相続地を得ていますから、ザカリヤも子孫に残す土地を保有するようになっていました。しかし、もともと「主に仕えることがその相続地」でしたから、そのことを意識するなら土地には拘らなくなるでしょうが、当時、そのような意識を持つ人がいたかどうかは別にして、ザカリヤはそのような意識に招かれたと言えるのではないでしょうか。

 ですから、生まれた我が子の名前を「ザカリヤ」ではなく、親族の誰かの名前でもなく、神さまから指示された「ヨハネ」に拘ったことは、生まれてくる子には土地を相続させないという意思表示でした。きっと彼は、声を失った10ヶ月の期間、そのことの意味を考え抜いて決意したのでしょう。人々が「いったいこの子は何になるのでしょう」(66)と言ったことも、また、ルカが「主のみ手が彼とともにあった」(66・口語訳)と加えたことも、ヨハネの将来を暗示してのことと聞こえてきます。


V ベネディクトゥース

 「さて父ザカリヤは、聖霊に満たされて、預言して言った」(67) ザカリヤ賛歌(68-79)が始まります。これは、マリヤのマグニフィカートのように、冒頭の「ほめたたえよ」のラテン語から「ベネディクトゥース」と呼ばれています。書き板に「彼の名はヨハネ」と書いた時に、彼は「口が開け、舌は解け、ものが言えるようになって、神をほめたたえ」(64)ます。そして、エリサベツとマリヤが「聖霊に満たされた」ように、彼もまた「聖霊に満たされて」これを歌い上げました。この賛歌もまた神さまとともにある彼の信仰告白なのでしょう。彼は、ガブリエルのことばを聞いて、「主に仕えることがその相続地」というところに招かれたと意識したのでしょうか。我が子ヨハネを土地相続の責務から解放します。律法を守る正しさの中を生きていた彼は、悩み抜いた末、その正しさやヨハネを祭司ザカリヤの後継者にという思いを捨て、神さまのことばに聞くことを学んだのです。これが、彼の信仰だったのでしょう。その信仰に立つことで、彼は「聖霊に満たされ」、神さまのご計画を見つめたと思われます。それはイスラエルの救いのご計画でした。

 「ほめたたえよ。イスラエルの神である主を。主はその民を顧みて、贖いをなし、救いの角を、われらのために、しもべダビデの家に立てられた。古くから、その聖なる預言者たちの口を通して、主が話してくださったとおりに。……」とベネディクトゥースが歌われますが、これは、我が子ヨハネのことよりも、「イスラエルの救い」に焦点を合わせているようです。ところによっては、「われらの敵」と、イスラエルを取り囲むカナンの諸民族のことが語られたり、「きよく、正しく、恐れなく、主の御前に仕える……」と、まだ律法依存の体質が残るなど、いかにも旧態依然とした価値観が顔を覗かせていますが、老人なのですから、少々のことには目をつぶりましょう。それよりも、ザカリヤは、神さまの救いがメシヤの出現をもって実現するのだと、救いの中心点をはっきりさせているようです。このベネディクトゥースは、イエスさまによる救いが現われるのだという宣言と聞こえてきます。しかも彼は、その救いが罪からの救いであると意識しているのです。「神の民に、罪の赦しによる救いの知識を与えるためである」(77)と。彼はエリサベツとともに、マリヤからガブリエルのみ告げを聞き、「その名をイエスとつけなさい」と言われたそのお方こそメシヤであると受け止めました。ですから、我が子ヨハネに関することよりも、イエスさまに関することを先に語り、しかも大部分をそのお方のことに当てているのです。ヨハネに関するところは、わずか76節と77節だけです。「幼子よ。あなたも主に、いと高き方の預言者と呼ばれよう。主の御前に先立って行き、その道を整え、神の民に、罪の赦しによる……」 ヨハネはイエスさまのために道を整える預言者・先駆者でした。

 「これはわれらの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、日の出がいと高き所からわれらを訪れ、暗黒と死の陰にすわる者たちを照らし、われらの足を平和に導く」(79) ベネディクトゥースはこのように閉じられます。「暗黒と死の陰にすわる者たち」と彼は、自分を含めたイスラエルの民すべてをそのような者であると見ていました。今、貧しい者や弱い者が生きにくい社会になってきています。ザカリヤが見た暗黒が私たちを包み込んでいるようです。希望の光が見えてこない。こんな現代を生きる私たちは、とりわけ主のあわれみの光に目を向けていきたいのです。ヨハネのように、光であるイエスさまの救いを指し示す者たちが求められる時を、今、迎えているのかも知れません。