ルカによる福音書

49 本当に大切なものは

ルカ 10:1−20
イザヤ  4:1−6

T 70人の弟子たちを

 「その後、主は別に七十人を定め、ご自分が行くつもりのすべての町や村へ、ふたりずつ先にお遣わしになった」(1) 今朝は、ルカだけの記事で、70人もの弟子たちを宣教に派遣するところです。なぜかマタイやマルコはこの記事を取り上げておらず、これは12使徒派遣(9:1-5)の焼き直しではないかとする見解があります。しかし、複数の古い写本では72人となっており、どちらが原典か微妙なところですが、いづれにせよ、それだけの弟子たちを12使徒と同じように町々村々に遣わされたことは事実であると、これはルカの証言と聞いていいでしょう。その資料がルカの手に入ったのです。ある人は、ルカの手許に、12使徒派遣の資料と70人の弟子派遣の資料と、2種類の別の資料があったと推測していますが、恐らくその通りでしょう。ルカはそのどちらをも「重要」とみなし、両方の記事を並べて掲載しているのです。その辺りのルカの意識を探ってみたいと思います。

 最初からこむつかしいことを言ったようですが、ルカは、教会形成をこの記事に結びつけたのではないでしょうか。まるで彼は、この70人も12人と同じ使徒だと言っているようです。使徒行伝でステパノやピリポが宣教の重要な役割を果たし、プリスカ・アクラ夫妻が同じように宣教の働きについていますが、使徒行伝にはルカのこの意識がそのまま現われているようです。もしかしたら、ステパノやピリポはこの70人の中に入っていたのではないかと想像します。

 ところで、この時期に、70人を選ぶことが出来るほど大勢の弟子たちがイエスさまと行動をともにしていたということでしょうが、恐らくその大半は、いったんは離れて行った人たちであり、イエスさまがピリポ・カイザリヤから帰還して後に戻って来たのではないかと思われます。ですから、彼らを遣わすに当たって、細かな指示が必要でした。その点12使徒の場合は、時間をかけていろいろと訓練してきましたから、それほどの指示は不要だったのでしょう。ただ彼らは、イエスさまがなさったようにと言われ、それで十分だったのです。ところが、訓練の不十分な弟子たちをも起用しなければならない事情が生じてきました。イエスさまの残り時間が少なくなってきたのです。ルカは、ここからエルサレム入り(19:29-40)までの9章あまり(22ページ)を、町々村々への巡回の働きに当てていますが、それほど多くのページを割く必要がありました。その役割の一端をこれら大勢の弟子たちが担い、それはそのまま教会形成の働きに継続されていくのです。


U 福音の広がりを

 このようにこの記事を挿入したルカの意識を見ていきますと、細かな指示をあれこれ詮索しなくてもお分かり頂けるでしょう。「さあ、行きなさい。いいですか。わたしがあなたがたを遣わすのは、狼の中に小羊を送り出すようなものです。財布も旅行袋も持たず、くつもはかずに行きなさい。だれにも、道であいさつしてはいけません。どんな家にはいっても、まず、『この家に平安があるように』と言いなさい。もしそこに平安の子がいたら、あなたがたの祈った平安は、その人の上にとどまります。だが、もしいなかったなら、その平安はあなたがたに返って来ます。その家に泊まっていて、出してくれる物を飲み食いしなさい。働く者が報酬を受けるのは、当然だからです。家から家へと渡り歩いてはいけません。どの町にはいっても、あなたがたを受け入れてくれたら、出される物を食べなさい」(3-8) 第一に[あいさつ]や[食べ物]のことが言われるのは、彼らが異邦人の地域にまで足を伸ばすことを願ってのことでしょう。文化の違う民族とのあいさつは、いろいろと作法があって、まかり間違うとトラブルの原因にもなりかねませんし、また、ユダヤ人にとっての食べ物は、いろいろと厄介な規定があったからです。「出された物は何でも食べなさい」とは、イエスさまがその規定を取り払われたということかと思われます。「ご自分が行くつもりのすべての町や村へ彼らを」ということですので、異邦人の地にも教会をという、イエスさまとルカの願いが聞こえてくるようです。

 「そして、その町の病人を直し、彼らに、『神の国があなたがたに近づいた』と言いなさい。しかし、町にはいっても、人々があなたがたを受け入れないならば、大通りに出て、こう言いなさい。『私たちは、足についたこの町のちりも、あなたがたにぬぐい捨てて行きます。しかし、神の国が近づいたことは承知していなさい。』 あなたがたに言うが、その日には、その町よりもソドムのほうがまだ罰が軽いのです」(9-12) ソドムは、快楽と背信のゆえに神さまに裁かれ、滅亡した大都会でした(創世記19章)。それは旧約聖書における背信の町のシンボルにもなっています。「その町よりもソドムのほうが……」と言われるほど、イエスさまの福音に耳を傾けない町(人)は、神さまの強烈な裁きを覚悟しなければならないのでしょう。彼らは断固としてみ国から斥けられてしまうのです。


V 本当に大切なものは

 「ああコラジン。ああベッサイダ。おまえたちの間に起こった力あるわざが、もしもツロとシドンでなされたのだったら、彼らはとうの昔に荒布をまとい、灰の中にすわって、悔い改めていただろう。しかし、さばきの日には、そのツロとシドンのほうが、まだおまえたちより罰が軽いのだ。カペナウム。どうしておまえが天に上げられることがありえよう。ハデスにまで落とされるのだ」(13-15)
 ここは、70人の弟子たちへの教えというよりも、思わず洩れたイエスさまの嘆きでしょう。ベッサイダもカペナウムも、イエスさまが力を込めて働き、教えたガリラヤの町々でした。コラジンはここにしか出て来ないのですが、カペナウムの近くにあり、恐らくイエスさまの活動拠点の一つだったろうと思われます。そのような町々が、こんなにも厳しい目で見られています。それだけ福音の招きに応えてくれるだろうと期待が大きかったのでしょうか。しかし、彼らはその期待に応えませんでした。ツロとシドンは地中海沿岸にあるカナン人の町で異邦人の地ですが、かつてイエスさまはそこを訪れたことがあります。ツロに住むカナン人の女が、「小犬(ユダヤ人ではない者)でも主人の食卓から落ちるパン(神さまの恵み)くずはいただきます」と言ったことで、「あなたの信仰はりっぱです」と驚嘆されましたが(マタイ15:21-28)、そのことが念頭にあったのかも知れません。

 「あなたがたに耳を傾ける者は、わたしに耳を傾ける者であり、あなたがたを拒む者は、わたしを拒む者です。わたしを拒む者は、わたしを遣わされた方を拒む者です」(16) 彼らは、12使徒と同じように、遣わすお方・イエスさまの全権を担い、そして、遣わされて行きました。

 どれくらいの期間だったでしょうか。恐らくエルサレムに向かう途中でのことでしたから、そんなに長い期間ではなかったと思われますが、彼らは夢中になって働き、そして、喜んで帰って来ました。「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します」(17) しかし、イエスさまは言われました。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だからあなたがたに害を加えるものは何一つありません。だがしかし、悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい」(18-20) 彼らには、イエスさまのお名前を用いることで、悪霊が青くなって退散していくことがたまらなく愉快だったのでしょう。なにしろ、イエスさまの全権を担い、その力をも行使していたのですから……。しかし、イエスさまは、そんなことより、彼らの名前が天に書き記されたことのほうがずっと素晴らしいのだと戒められました。そうです。ともすれば私たちは、人が大勢集まるなどの目に見える実を求めますが、本当に大切なことは、見えないところにある神さまの恵みなのです。私たちも、信仰の目をもって、その見えないところを見続けていこうではありませんか。