ルカによる福音書

42 主のご配慮の中に

ルカ 9:10−17
エレミヤ    1:3
T 喜んで迎え

 前回は、使徒たちの派遣(6)と帰省(10)の間に挟まれた、ヘロデの決意を見てきました。今朝はその帰省からです。「さて、使徒たちは帰って来て、自分たちのして来たことを報告した。それからイエスは彼らを連れてベッサイダという町へひそかに退かれた」(10) 使徒たちがどんな報告をしたのか、その内容には触れていませんが、マルコに「寂しい所へ行って、しばらく休みなさい」(6:31)とありますので、きっと彼らはくたくたになるまで働いて来たのだろうと想像します。寂しい所、そこはベッサイダであり、ガリラヤ湖の北端、ヘロデの兄弟ピリポの領土です。そしてそこは、ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの町でもありました。その辺りには、山の斜面になっている、めったに人の来ない静かなところがあったのでしょう。イエスさまはたびたびその斜面に来て祈っておられたようです。カペナウムから舟で20〜30分くらいと思われますが、もしかすると、ヘロデの魔の手を避けてその地を選んだのかも知れません。実は、イエスさまと弟子たちの一行は、そこからピリポ・カイザリヤ、変貌山へと北上し、今度はそのままガリラヤ地方を素通りして南下、エルサレムを目指すことになるのです。このベッサイダ行きは、ガリラヤ地方を去るきっかけになりました。

 そんなベッサイダ行きでしたが、イエスさまを慕う人たちは彼らの休息など全く考慮していません。はなはだ自分勝手ですが、民衆というのはいつもそんなものなのでしょう。イエスさまたちが舟に乗っていなくなってしまうと、不安になったのでしょうか。「イエスさまはきっとあそこに行かれたのだ」と、ベッサイダまで追いかけて来ました。しかしイエスさまは、そんな人たちを「喜んで迎え」、「神の国のことを話し、また、いやしの必要な人たちをおいやしに」(11)なりました。「喜んで迎え」とは、「心から歓迎する」という意味の、ルカだけが用いる言葉ですが、マルコは「彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ」と表現しています。まさにその通りの民衆を、イエスさまは受け入れたのでしょう。思えばイエスさまはいつもご自分のことは後回しにし、そのような民衆の中でずっと働いて来られました。そのお働きへの思いが、十字架の出来事に集約されたのかも知れません。


U 主の全権を担う者は

 「そのうち、日も暮れ始めたので、12人はみもとに来て、『この群衆を解散させてください。そして回りの村や部落にやって、宿をとらせ、何か食べることができるようにさせてください。私たちはこんな人里離れた所にいるのですから』と言った」(12) 休みに来たはずの弟子たちの働きも見事でした。イエスさまがそうだったからでしょう。彼らはここに来た目的などすっかり忘れ、忙しく大勢の人たちの世話をしたようです。彼らは、町々村々を巡り歩いて来たその訓練の成果を、余すところなく発揮したのではないかと想像します。「神さまのみ国のことを話し、病気の人たちをいやし」とは、彼らも加わってのことではなかったでしょうか。以前ですと、何から何までイエスさまに頼り切り、イエスさまに何かの進言をしようなどとは思いもつかない彼らでしたが、「この群衆を解散させてください。そして回りの村や部落にやって、宿をとらせ、何か食べるものを……」と、伝道者としていろいろなことを考えるようになった彼らの成長ぶりが浮かんでくるではありませんか。もっとも、この群衆を解散させても、その付近に何千人という人たちの宿や食べ物が見つかるかと言いますと、まだ判断に甘いところが見えるのですが……。

 しかし、イエスさまは言われました。「あなたがたで、何か食べる物を上げなさい」(13) これは全くそのことば通りに聞かなければなりません。どうやってか? 方法については何も言われませんでしたが、使徒たちは実際に、この大勢の人たちを食べさせるように求められたのです。この要求は、彼らの信仰にとって大きなチャレンジでした。神さまへの信頼とはそこまで要求されているのだと、現代の私たちも知らなければなりません。残念ながら、私たちも、「そんなこと無理です」と諦めてしまうか、何らかの解釈でお茶をにごすかが関の山です。しかし、彼らは、町々村々に遣わされた中で、神さまに食べさせて頂いた経験を何度もしてきたのではなかったでしょうか。私たちにしても、何度も神さまに食べさせて頂いた経験を持っていると思うのです。それなのに、「そんなことは無理」と頭から決めてしまっている。かつて預言者たちは、からすに養われ(T列王記17:6)、空の壺に油を満たし(U列王記4:1-7)ました。そんな神さまのお働きを願いなさい。あなたたちが願わないで、人々が神さまの恵みを受け取ることが出来るとでも思っているのですか。これはイエスさまが彼らに求めた訓練の総決算でした。イエスさまの全権を担う者たちは、その一人一人が、モーセやエリヤやエリシャに優る者とされていくのだと覚えたいのです。


V 主のご配慮の中に

 「私たちには5つのパンと2匹の魚のほか何もありません。私たちが出かけて行って、この民全体のために食物を買うのでしょうか」(13)「それは、男だけでおよそ5千人もいたからである」(14) 自分たちが預言者に優る者だとは決して思わない謙遜な使徒たちが、ごく自然に、一般常識に従ってこう言ったのは当然でしょう。私たちもそんな発想しか出来ない者です。しかし、ヨハネの並行記事(6:9)によりますと、この5つの大麦のパンと小さな2匹の魚も、一人の少年が持っていたものを差し出したものなのです。それも神さまの為せる業ではなかったでしょうか。ある人は、小さな子どもが持っているものを差し出すのを見て、恥ずかしくなった他の人たちも隠し持っていた食べ物を次々に差し出してこの奇跡が起こったのであろうと解説していますが、そんな低次元の問題ではありません。これは神さまの不思議であると素直に認めるほうがずっと理に叶っています。

 イエスさまは、「無理です」という使徒たちの限界をそのまま受け入れました。「人々を50人ぐらいずつ組にしてすわらせなさい」(14)「弟子たちは、そのようにして、全部をすわらせた」(15) 大勢の群衆をそのように統制の取れた集団に……と、ここにも彼らの成長が見て取れますが、イエスさまは、それ以上の者になって欲しいと願いながら、この不思議に彼らの参入を求められたのでしょうか。「するとイエスは、5つのパンと2匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福して裂き、群衆に配るように弟子たちに与えられた。人々はみな、食べて満腹した」(16-17)とあります。大勢の人たちを満腹させたという出来事では、エジプトを出たイスラエルがシナイの荒野で「食べ物を!」と叫んだ時、神さまは40年に渡ってマナと肉で彼らを満たされた(民数記11章)ことを思い出します。彼らは朝に夕に必要な量だけを拾い集めましたが、ここでイエスさまは、群衆の飢えを満たすために、使徒たちの手を通されたのです。イエスさまが大勢の人たちに食べ物を与えた不思議は、他にデカポリスの地で行なった4000人の給食の出来事がありますが(マタイ15:32-38)、ルカはそれを省いてこの出来事だけを記しています。きっと彼は、この出来事だけで、神さまの恵みを使徒たちに体験させる訓練に十分であると思ったのでしょう。恐らくルカ自身も、パウロとともに教会を建て上げてきた年月の中で、その不思議を何度も体験してきたのではと想像します。

 この記事は4つの福音書全部に収録されている唯一の奇跡ですので、初期教会はこれをイエスさまがメシアであるとする重要な証言としているのでしょうが、ここにはもう一つの記録が付け加えられています。「余ったパン切れを拾うと、12のかごいっぱいになった」(17)というところです。空腹になっていたのは、弟子たちも同じでした。このかごは携帯用の小さなもので、これは何も食べずに群衆の世話をした彼らの空腹を満たすためのものでした。ここに主の行き届いたご配慮を感じるではありませんか。現代の私たちも、その優しいご配慮の中に招かれているのです。なんと幸いなことでしょう。