ルカによる福音書

41 主への応答を

ルカ  9:1−10
詩篇 46:1−11
T 第一の資質を

 6章13-16節で使徒たちを任命して以来8章の終わりまで、恐らく半年以上もの期間を、イエスさまは彼らの訓練に没頭して来られました。きっとイエスさまは、彼らが伝道者として成長していく様子を楽しみにしておられたであろうと想像します。足りないところはありましたが、イエスさまがエルサレムに向かう時を目前に、その訓練の総仕上げをしなければならない時がやって来ました。今朝のテキストだけでなく、9章はその総仕上げと見ていいでしょう。

 その最初に、ガリラヤの町々村々への彼らの派遣があります。「イエスは12人を呼び集めて、彼らに、すべての悪霊を追い出し、病気を直すための、力と権威とをお授けになった。それから、神の国を宣べ伝え、病気を直すために、彼らを遣わされた」(1-2) ルカの記事はとても短いのですが、この辺りの詳しい説明を求めるなら他の福音書(マタイ)を読めばいいと思っているのでしょうか。それよりもルカは、建てられつつある異邦人教会(現代の教会も)への、彼自身のメッセージを中心に語りたかったのではないかと思われます。そのメッセージを聞いていきたいと願います。

 第一に、使徒たちは、まず、「すべての悪霊を追い出し、病気を直すための、力と権威とを授けられ」ました。当時、悪霊や病気に苦しむ多くの貧しい人たちを福音に招くことが急務だったという事情もあるでしょう。しかし、その権威が、なぜ福音宣教よりも先に挙げられたのかと言いますと(神の国を宣べ伝え……と記したのはルカだけ)、福音宣教には、人を神さまのみ国に招いてその認定を行なうことも含まれており、使徒たちはそのための全権をイエスさまから託されていたからです。福音宣教は、決して口先だけのことではありません。イエスさまの力と権威を纏うことは、福音宣教の任に召された者たちが志すべき何よりも重要なことでした。特に、イエスさまの十字架と復活以後、福音の中心は罪の赦しと神さまのみ国への招きであるとされ、ヨハネの福音書には「「聖霊を受けなさい。あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります」(20:22-23)とありますが、こういった伝道者の責任も、そのところで聞かなければなりません。教会が異邦人の地にもたくさん建てられたルカの時代すでに、その当然のことが次第に希薄になってきたと、現代一部で言われているサラリーマン牧師なんていうところまではいかなかったとは思いますが、巧みな言葉や経営手腕に頼ろうとする伝道者が多くなっていたのではないかと、いくらか想像がつきます。ルカは、イエスさまから遣わされる者たちの第一の資質に、そのこと(イエスさまの力と権威)は欠かすことが出来ないと伝えたかったのではないでしょうか。


U 全幅の信頼を主に

 第二にルカが伝えたかったメッセージは、使徒たちを派遣する直前にイエスさまが言われたことの中からです。「旅のために何も持って行かないようにしなさい。杖も、袋も、パンも、金も。また下着も、二枚はいりません。どんな家にはいっても、そこにとどまり、そこから次の旅に出かけなさい。人々があなたがたを受け入れないばあいは、その町を出て行くときに、彼らに対する証言として、足のちりを払い落としなさい」(3-5) これもマタイの記事の3分の1以下と短くしていますが、使徒たちがどんな様子で遣わされたのか、簡潔ながら、マタイの記事に見劣りしません。きっとルカは、彼らの出で立ちをイエスさまに重ね合わせていたのでしょう。マルコだけは杖を持っていって良いと記しますが(6:8)、イエスさまはその杖さえも持ち歩かなかったようです。イエスさまの力と権威を身に帯びた使徒たちは、外見上も、イエスさまと同じになることを要求されたのではないでしょうか。日常生活の一切の保障を取り払われることで、彼ら使徒たちは、そこで神さまへの全幅の信頼を学び取らなければなりませんでした。それこそ彼らの携える民衆へのメッセージだったのですから。

 そのことは、次の「どんな家にはいっても、そこにとどまり、そこから次の旅に出かけなさい」にも、また、「人々があなたがたを受け入れないばあいは、その町を出て行くときに、彼らに対する証言として、足のちりを払い落としなさい」にも繰り返されています。一軒の家に留まって働きを続けるには、その家の人たちが使徒たちの語る福音を信じた場合にのみ可能と思われますし(マタイは「平安を祈りなさい」と記す)、足のちりを払って出て行きなさいと言われるところでは、逆に信じない人たちが浮かび上がってきます。現代と同じですね。働き人たちは、福音を語ることで、聞く人たちの応答を確かめなければならないということなのでしょう。

 「足のちりを払って……」というところで、福音への応答の一回性が語られていると言う人がいますが、むしろ、宣教する者の真剣さが問われていると聞かなければならないのではないでしょうか。


V 主への応答を

 そんな心得を聞いて、使徒たちは町や村へと出かけて行きました。「12人は出かけて行って、村から村へと回りながら、至る所で福音を宣べ伝え、病気を直した」(6)とあるのは、彼らが教えられたことを忠実に守りながら働き通したという証言でしょう。その働きはまさに、彼らを遣わしたイエスさまに帰結すべきことであり、福音とはイエスさまご自身のことだと、ルカは、十字架とよみがえりの主を信じた彼自身の信仰の中でこの記事を執筆しているのでしょう。そして、そこに使徒たちの働きを加えているのです。そこにはルカの、イエスさまの出来事は教会によって継続されていくものだという意識があるからです。そう聞いてきますと、「さて、使徒たちは帰って来て、自分たちのして来たことを報告した」(10)という記事に挟まれたヘロデの記事(7-9)も、使徒たちの働きの中でイエスさまの名が知れ渡った結果による、とつながって来るようです。

 そのヘロデ(ガリラヤの国主ヘロデ・アンティパス)の記事ですが、マタイやマルコはもっと詳しく、バプテスマのヨハネを処刑したところにまで踏み込んでいます。しかしルカは、ヨハネをすでにイエスさまに座を譲った過去の人として、そんなことまで取り上げようとはしていません。それより、ヘロデがなぜイエスさまに関心を寄せたのか、そのほうが重要だと考えているようです。イエスさまの噂を聞いたヘロデは、家来たちに情報収集を命じたのでしょう。家来たちが集めてきた情報は、「ヨハネが死人の中からよみがえったのだ」「エリヤが現われたのだ」「昔の預言者のひとりがよみがえったのだ」というものでした。これは、ピリポ・カイザリヤへの道で、イエスさまが弟子たちに問いかけ、弟子たちが答えたものと一致しています(9:18-20)が、それは、「イエスさまって、どなただろう?」という声が広まっていたためと思われます。そろそろ、はっきりして欲しい。メシアなら、メシアであると……。民衆の間に、そして、弟子たちの中にさえ、そんな声が次第に大きくなっていました。

 「イエスさまって、だれ?」という問いは、現代も続いています。そして、おおかたは人間イエスを強調しているのですが、きっと同じ問いかけが、ルカ時代の教会にもあったのでしょう。その疑問に答えるかのように、「神のキリストです」(9:20)という弟子たちの告白が記されます。これは彼らの信仰の応答でしょう。しかし、ヘロデの記事は、それとは全く逆の、徹底的にイエスさまを否定したものでした。「ヨハネなら、私が首をはねたのだ。……ヘロデはイエスに会ってみようとした」(9)とは、彼の、ヨハネが生き返ったのであるならもう一度その首を、そうでなくても、自分の地位と権力を脅かす者に向かって、必ずやそのいのちを求めないでおくものかという彼の決意を示すものでしょう(参考13:31)。それもまたイエスさまへの一つの応答でした。イエスさまへの応答にもいろいろあるようです。ヘロデのようにか、或いは、現代人のように無関心にか、それとも、弟子たちのように……でしょうか。いづれにしても、その応答は主に覚えられていることを忘れてはなりません。