ルカによる福音書

28 弟子としてのあかしを

ルカ  7:11−17
イザヤ 8:12−18
T 慰めが溢れて

 「それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちと大ぜいの人の群れがいっしょに行った」(11) ルカは、百人隊長のしもべのいやしに続いて、もう一つのイエスさまの奇跡を記します。ナインの町は、ナザレから南東へ10qほど行ったガリラヤ最南部の平野で、小ヘルモン山と呼ばれるモレ山のふもとにあります。町に「門」があるところを見ますと、かつては栄えていたところらしいのですが、イエスさまの時代には寒村だったようです。この最初の書き出しは、弟子の訓練をと願いながら町々村々を巡り歩かれたイエスさまが、ナインにまで行かれたということなのでしょう。ルカは、そのナインで、イエスさまがやもめ女の亡くなったひとり息子を生き返えらせたという、驚くべき不思議にスポットを当てていますので、まず、その出来事から取り上げます。

 記事は、「イエスが町の門に近づかれると、やもめとなった母親のひとり息子が、死んでかつぎ出されるところであった。町の人たちが大ぜいその母親につき添っていた。主はその母親を見てかわいそうに思い、『泣かなくてもよい』と言われた。そして近寄って棺に手をかけられると、かついでいた人たちが立ち止まったので、『青年よ。あなたに言う、起きなさい』と言われた。すると、その死人が起き上がって、ものを言い始めたので、イエスは彼を母親に渡された」(12-15)というものです。この母親と息子については、「やもめとなった(岩波訳・やもめである)」「ひとり……」と説明にもならない説明がついていますが、恐らく、イエスさまが近づいて行かれた時、つき添っていた人たちとの間に短いやりとりがあったのでしょう。それを聞いていた弟子の誰かがこの出来事をメモし、それがルカの原資料になったのだろうと思われます。イエスさまが「母親を見てかわいそうに思った」というのは、その短い会話を通してのことではなかったでしょうか。そして、ルカが(ルカだけが)これを取り上げたのは、イエスさまの優しさにルカの心が共鳴したためでしょう。罪人であった女(7:36-50)、病の霊に憑かれた女(13:11-13)、不義な裁判官に訴え出たやもめのたとえ(18:1-8)など、ルカだけの、そんな弱者へのイエスさまの慰めが溢れ出た記事は他にも多く見られます。


U 新しいいのちに

 この息子は、「青年」と呼ばれていますが、これは40歳くらいまでの男性を指すことばですので、年端もいかない若者というよりは、すでに仕事を持ち、女手ひとつで苦労して自分を育ててくれた母親に仕えている壮年をイメージしたほうがいいようです。町の大ぜいの人たちが母親につき添っていたというのは、当時の習慣であった泣き女、泣き男のたぐいもいただろうとは思われますが、息子と直接付き合いのあった人たちが、大黒柱を失った彼女に同情しているということではなかったかと想像します。亡くなった人とこの母親は、きっと、町の人たちから好かれていたのでしょう。「泣かなくてもよい」(13)と、イエスさまは母親に声をかけ、近寄って棺に手をかけられました。当時のイスラエルでは、普通は布で巻いて板に乗せるだけですので、棺(柩)を用いるというのは(新約聖書ではこの箇所だけに見られる)、よほど裕福か、その習慣のある国(たとえばエジプト)から移住してきたのかとも考えられますが、ここではわざわざ「やもめの母親」と言わていますので、この母親と息子が裕福だったという印象は受けません。もしかしたら、移住して来た人なのかもしれません。すると、前の百人隊長に続いて、異邦人がこれらの奇跡物語の主人公ということになり、ルカの、異邦人に福音をという関心が浮き彫りになってくるようです。

 棺をかついでいた人たちは、イエスさまのことを知らなかったと思われますが、大ぜいの群衆が行列に近づいて来た時から、その中心らしいイエスさまを「どなただろう」と気にしていたのではないでしょうか。ですから、イエスさまが棺に手をかけられると、「何をされるのか」と興味津々で立ち止まりました。そして、死んだ人に向かって「起きなさい」と言われた時には、一瞬、あっけにとられたと思いますが、次の瞬間、死んだ筈の人が起き上がったと、彼らの驚きが伝わってくるようです。ここでルカは、イエスさまが言われた「起きなさい」と、死人が「起き上がった」というところを別々のことばで区別しています。イエスさまは、日常に用いられることばで単純に「起きなさい」と言われているのですが、その息子は、回復する、立ち直るという意味で「起き上がり」ました。それは「上に」と「新しく」ということばの複合語で、新約聖書中、ここに一回だけ用いられているのですが、いかにも医者らしいルカの表現なのでしょうか。ルカは、彼がイエスさまの力を頂いて新しいいのちに起き上がったと、言いたかったのかも知れません。病気で亡くなったのであれば、その病いもいやされた状態で新しいいのちによみがえったと、この記事は暗示しているようです。


V 弟子としてのあかしを

 棺をかついでいた人たちや母親につき添っていた人たちだけでなく、イエスさまについてナインに来た大ぜいの群衆までもが非常に驚きました。「人々は恐れを抱き、『大預言者が私たちのうちに現われた』とか、『神がその民を顧みてくださった』などと言って、神をあがめた」(16) そして、この驚くべき出来事については、弟子たちとともに、そのたくさんの人たちが証人になったのです。「イエスについてこの話がユダヤ全土と周りの地方一帯に広まった」(17) 「大預言者」というのは、ユダヤ人にとって、申命記18:15、18でモーセが語った「私のようなひとりの預言者」を指しています。申命記はモーセの告別説教ですね。そして、それを神さまの約束と聞いた人たちは、以後ずーっと、モーセが語ったお方はメシアであると受け止めてきました。そして、その「大預言者・メシアはいつおいでになるのだろうか」と、彼らイスラエルの人たちは何百年も待ち続けて来たのです。ナインの人たちも例外ではありません。ですから、「大預言者が私たちのうちに現われた」「神がその民を顧みてくださった」というのは、彼らの喜びでもあったわけです。無数にあるイスラエルの町々村々の中で、自分たちの町ナインに約束のメシアをお迎えしたのですから。「神をあがめた」という賛美とともに、それは彼らの告白ではなかったでしょうか。ルカがイエスさまのことを「主」(13)と呼んでいるのは、彼らの証言にまさにアーメン(その通りです)と共鳴した、ルカ自身の信仰告白でもあるのでしょう。ルカはこれを、この記事を読む人たちが、イエスさまを、いのちをご支配なさる主であると告白しつつ読んで欲しいと、願いを込めながら書いていると聞こえてくるのです。

 ところで、イエスさまは、「弟子たちの中から12人を選ばれ、彼らに使徒という名をつけられた」(6:13)とありました。ガリラヤでの残り時間が少なくなっている中で、全権を託してご自分のお働きを彼らに引き継ごうと、彼らの訓練が始まるのです。初めは平野の説教を通して(6:20-49)、そして、イエスさまの不思議も彼らの訓練には欠かすことの出来ないものでした。百人隊長のしもべのいやし(7:1-10)は、異邦人にも福音をという広がりを彼らに教える絶好の教材だったでしょう。このナインでの出来事もそうでした。マタイの記事ですが、イエスさまが12使徒を町々村々に遣わす時に送ることばがあります。「イスラエルの家の滅びた羊のところに行きなさい。行って、『天の御国が近づいた』と宣べ伝えなさい。病人を直し、死人を生き返らせ、病人をきよめ、悪霊を追い出しなさい」(10:6-8) 教会が誕生してしばらく経ってからですが、ペテロがヨッパ(テルアビブ近辺)で、タビタという女性を生き返らせた出来事が使徒行伝に記されています(9:36-43)。ルカは、使徒たちが、頂いた力を見事なまでに実行していると感じつつ、このナインでの記事に重ね合わせたと思うのです。それはきっと、使徒たちだけがなし得た主の力のあかしでした。現代の私たちに思いを移しますと、今、弟子として私たちは、主からどんな訓練を受けようとしているのでしょうか。