ルカによる福音書

27 時の中心に

ルカ   7:1−10
イザヤ 50:4−5a
T 癒されるお方を

 ルカは、7:2-10の出来事を記す前に、「イエスは、耳を傾けている民衆にこれらのことばをみな話し終えられると、カペナウムにはいられた」(7:1)と、一見関係のない記事を差し挟みます。それは、この出来事が平野の説教に続くことであったと強調しているようです。彼は、なぜそれを強調したいと思ったのでしょうか。4:31から5:28までカペナウムの奇跡物語がありますが、「カペナウムにはいられた」と始まるこの箇所は、どうもその続きではないようです。9節に「群衆のほうに向いて言われた」とありますので、ここでのイエスさまの関心は一般民衆にあると思われるかも知れませんが、これはその群衆をも教材にした弟子の訓練なのです。平野の説教が彼らの訓練の第一でした。そして、イエスさまのなさる不思議も、彼らにとっては大切な訓練だったのです。ここからイエスさまによる弟子の訓練が始まります。

 「ところが、ある百人隊長に重んじられているひとりのしもべが、病気で死にかけていた。百人隊長は、イエスのことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、しもべを助けに来てくださるようお願いした」(2-3) 百人隊長とありますから、カペナウムには一個中隊程度のローマの守備軍が駐屯していたのでしょう。その司令官と思われる人が、イエスさまの戻って来られるのを心待ちにしていました。彼は異邦人でしたが、恐らく、ユダヤ人とは親密な関係にある外国人(ローマ人ではない)だったのではと思われます。しかも彼は、改宗こそしていませんでしたが、心情的には改宗者と言ってもいいほどユダヤ教に理解を示し、私財を投じてユダヤ人会堂を建てたほどでした。礼拝にはたびたび出席していたのでしょう。そんな彼に、長老たちは全幅の信頼を寄せていたようです。イエスさまがカペナウムに戻って来られたとのニュースが、彼の耳に届きました。彼の信頼するしもべ(恐らく解放奴隷で彼の執事?もしかするとユダヤ教改宗者かも知れない)が重い病気にかかり、死にかけていたためです。何度も噂に聞いていたあのお方ならきっと直してくださるにちがいないと、しもべを助けてくださるよう、すぐに、親しくしていた長老たちに使いを頼みました。


U イエスさまの前に立つ資格は

 長老たちはイエスさまにこう訴えました。「この人は、あなたにそうしていただく資格のある人です。この人は、私たちの国民を愛し、私たちのために会堂を建ててくれた人です」(4-5) 長老とはもともと家長、氏族長、部族長を指すものでしたが、イエスさまの時代になりますと、特に取り決めがあったわけではありませんが、民事上のことや宗教上の事件を裁き、適切に処理して町の運営を円滑に進めていく指導者たちに、尊称としてつけられたものだったようです。エルサレムなど中央の長老たちはサンヒドリン議会の議員でもあり、強力な権力を持っていましたが、彼らカペナウムの長老たちは、町の誰からも尊敬される人格者ということでその地位を保っていたと思われます。彼らの訴えには、百人隊長を心底尊敬している様子がにじみ出ているようです。「この人は、あなたにそうしていただく資格のある人です」とありますが、それは訳し過ぎでしょう。「値打ちがある」(口語訳)、「ふさわしい」(新共同訳)のほうがいいようです。ともかく、彼らは熱弁をふるって何とかイエスさまに来ていただこうとします。もしかしたら、律法学者やパリサイ人たちとのごたごたが耳に入っていて、拒絶されたらどうしようと心配していたのかも知れません。彼らもその仲間でしたから。しかし、イエスさまは意外なほどあっさり承諾し、彼らといっしょに百人隊長の家に向かわれます。ほめすぎの感はありますが、彼らの誠意が伝わったのでしょうか。きっとイエスさまは、ここまで彼らを惹きつけている百人隊長に興味を持たれたのでしょう。

 ところが、イエスさまがまだ行き着かないうちに、彼はふたたび友人にメッセージを託してイエスさまに届けます。「先生。わざわざおいでくださいませんように。先生を私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました」(6-8) 彼はイエスさまが着く前にと大急ぎで第二の使者を立てました。イエスさまを家にお迎えする資格は自分にはないというメッセージを伝えるためでした。「資格」ということばは4節に符合し、ここで、長老たちが彼について「ある」と言ったのに、隊長は「ない」と考えていたのでしょう。4節は「ふさわしい」でいいでしょうが、この6節はまさに新改訳のように「資格」なのです。会堂を建てたことなどイエスさまの前に持ち出すことではないと、彼は感じ取っていたのでしょうか。


V 時の中心に

 彼が、自分には「イエスさまを家にお迎えする資格はない」と言ったその内容を、もう少し考えてみなければなりません。彼は、ユダヤ人が異邦人の家に入るのを「汚れる」として忌避すると分かっていました。ユダヤ人は、家の前に聖なる水を置き、外出から帰宅した時に必ずその水で身を清めたほどです。外出時に異邦人と接触したかも知れないという理由からでした。彼は、今は長老たちとも親しくなって、改宗者同様の扱いを受けていますが、ここに赴任した当時は、きっと、何回もそんな悲しい経験をしたのでしょう。ですから、イエスさまが汚れることがないように、イエスさまのお名前が傷つくことがあってはならないと考えたとしても、不思議ではありません。イスラエル在住の異邦人は、そのところでユダヤ人とのつきあいを考えているのです。ローマ総督・ピラトがそうでした。官邸に押し掛けた民衆が、門の前でイエスさまを十字架にかけよと要求した時、ピラトは、彼らが中に入って来ないので、裁判の席にいるイエスさまと門の外の民衆との間を、何度も行ったり来たりとみっともない姿をさらけ出しますが、それは、ユダヤ人が異邦人の官邸に入ることを嫌ったためでした。しかし、百人隊長はそんな理由でイエスさまに使いを送ったのでしょうか。

 彼の真意が溢れるようなことばがあります。「ただ、おことばをください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、私の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ』と言えば、そのとおりにいたします」(7-8) 彼は最初から使者を二段階に分けて送ろうと考えていたようです。先に送ったユダヤ人長老たちに彼の真意をもらさなかったのは、恐らく、彼らの反発を買うことがないよう配慮してのことでしょうが、二回目の「友人」と記される使者は、恐らく、彼と同じ国の出身者、つまり異邦人と思われます。それですと、反発なしに彼のメッセージを託すことが出来ます。命令を下す軍隊の権威と病気をいやす権威とが、同じでないことは明らかです。彼がイエスさまに認めていた「別の権威」とは、神さまご自身が有する権威でした。イエスさまにそんな神さまの権威があるなどと、ユダヤ人の長老たちには言えません。それでも彼らに最初の使者を頼んだのは、イエスさまに礼を尽くしたい為と考えていいようです。イエスさまがこの彼の伝言を聞いて驚かれ、「このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません」(9)と言われたのは、彼のメッセージに織り込まれた、イエスさまの癒しの力に神さまの全能の力を重ねた、それが彼の信仰告白であると聞こえたからではないでしょうか。

 ルカは、「使いに来た人たちが家に帰ってみると、しもべはよくなっていた」(10)という証言でこの記事を閉じます。実際には、イエスさまと弟子たちはそこに行かなかったわけですから、これはその家にいて不思議を目撃した人たちの証言でした。しかし、この証言は、あたかもルカ自身のものでもあるかのように描かれています。きっと、この出来事はルカの時にまで移行し、彼は、その現場にいる百人隊長であり、しもべであり、証言者であるかのように感じつつ、これを見つめたのでしょう。現代の私たちにとっても、信仰とは、イエスさまの時の中心に分け入っていくことではないかと思わされるのです。