ルカによる福音書

23 招かれた者たちを

ルカ 6:12−16
箴言 3:1−12

T 使徒の誕生

 「このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から12人を選び、彼らに使徒という名をつけられた」(6:12-13) 今朝は使徒の誕生という、イエスさまの福音にとって非常に重要な一つの転機を見ていきたいと思います。

 「このころ」とありますが、それは律法学者、パリサイ人などユダヤの指導者たちが、イエスさまに敵対する姿勢を明確にした出来事(6:6-11)を指しているようですが、イエスさまのガリラヤでのお働きがピークにさしかかり、大勢の群衆に囲まれて非常に忙しくしておられた頃のことと思われます。9:51に「さて、天に上げられる日が近づいて来たころ」とあり、それはこの6章の記事とかなり近い時期のことと思われますので、ガリラヤでの働きが終盤にさしかかった頃だったのでしょう。そのような時期にイエスさまが使徒を選ばれたのは、ご自分の働きを補佐させようと考えられたからでしょうか。いや、そうではなく、イエスさまはご自分の働きを弟子たちに引き継ごうとしておられるようです。今まさに、イエスさまは弟子たちの中心となるべき人たちを選び、慎重かつ丁寧に彼らを育て始められたと言っていいでしょう。「祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた」のは、彼らを選ぶためだったようです。イエスさまの福音を現代の私たちにまで伝えるその基礎を造った使徒たちは、イエスさまの徹夜の祈りの中で生まれました。

 使徒ということばは「遣わされる者」とか「使者」という意味で、新約聖書全体で84回も使われていますが、パウロ文書(30)とルカ文書(福音書6、使徒行伝38)に最も多く見られ、残り10回が他の文書に散在ということですので、ルカの並々ならぬ関心が伝わってきます。彼は、十字架につけられ、よみがえられたイエスさまの代理人として全権を付与された者というパウロ神学を引き継ぎ、そこに、イエスさまの最初からの随行者であり、イエスさまによって選ばれ、その昇天に至るまでの全期間をイエスさまとともに歩み、よみがえりの証人となった12人という主張が加えられています。ですからルカは、自分の先生であるパウロを一度も使徒とは呼んでいません。それは、パウロから教えられた彼の教会人としての信仰姿勢によるものではないかと思われます。彼は、福音をイエスさまだけで完結させないで、引き継いだ教会がその展開に力を入れている様子を「使徒行伝」にまとめました。この「福音書」は、「使徒行伝」を読むことで味わいが深くなると言えるでしょう。


U 個性的な人々が

 その使徒たちの名前が挙げられます。「ペテロという名をいただいたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと熱心党員と呼ばれるシモン、ヤコブの子ユダとイエスを裏切ったイスカリオテ・ユダである」(14-16) 

 この人たちを紹介したいのですが、バルトロマイやヤコブの子ユダなど、名簿以外に知られていない人たちもいますので、全員をというわけにはいきません。不作為にピックアップして簡単に紹介しましょう。最初はペテロです。彼はガリラヤ湖北端の町ベッサイダの漁師でした。ペテロとは「岩」のこと、よほど頑固だったのでしょうか。気性は激しかったようです。トップに上げられて、ずっと12人のリーダー格になっていました。使徒行伝は半分近く(前半)を彼の記事に当てています。ペテロの兄弟アンデレ、彼はバプテスマのヨハネの弟子でしたが、ヨハネがイエスさまを指さして「見よ。神の子羊」(ヨハネ1:36)と言うのを聞いてイエスさまついて行き、イエスさまをメシアであると告白した最初の弟子になりました。ヤコブはエルサレム教会の初代牧師、誠実な人柄だったのでしょう。ヨハネは、その福音書に「イエスさまに愛された弟子」と描かれますが、イエスさまから「ボアネルゲ(雷の子)」というあだ名を頂戴しました。マタイは言わずと知れた取税人。トマスは、よみがえりのイエスさまを、「自分の手で触らなければ決して信じない」(ヨハネ20:25)と言ったほどの懐疑主義者でした。シモンの「熱心党」というのは、ガリラヤ地方で生まれた、ヘロデ王家を倒して祖国ユダヤの独立を図ろうとする熱狂的愛国主義者の一派につけられた名前です。しばしば彼らは祖国独立のための資金稼ぎと称し、強盗に早変わりしてエリコ街道などで旅人を襲ったそうですが、シモンはイエスさまにお会いして、それほどの主義主張を捨てたのでしょう。そして、イスカリオテ・ユダ。カリオテというのは大都市という意味で、ユダは「カリオテ出身の人」と考えられます。良くは分かっていないのですが、カリオテはイスラエル南部の地方都市だったろうと言われています。このユダに「イエスを裏切った」と極めて不名誉なタイトルが付けられました。

 こう見ていきますと、取り上げなかった人たちも含めて、どうしてこの人たちが一つ心になって使徒団を形成することが出来たのかと不思議に感じられるほど、その違いが際だっているようです。


V 招かれた者たちを

 この名簿はマタイとマルコの福音書にもありますので、それらを突き合わせてみますと、四人一組という構図が浮かんできます。福音書によって若干順序は違いますが、組み分けとその順番、それぞれのトップの名前は同じです。挙げてみましょう。1組はペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネ。2組はピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス。3組はアルパヨの子ヤコブ、熱心党員シモン、ヤコブの子ユダ、イスカリオテのユダという組み分けですが、トップがそれぞれの組のリーダーだったようです。ただ、何のためにこんな組み分けをされたのか、また、この組がどのように機能したのか、何も語られていませんが、教会の時代に入った時に、働きを共有することが出来るベストの単位が必要だったのではと想像します。強い個性の人ばかりでしたから、時には意見がぶつかり合うこともあったと思われますが、イスラエルで聖なる数字とされた3人ですと多数決が可能になるのを、わざわざもう一人加えることで、意見が同数で分かれた時に祈ることでしか解決できないように、意志決定を人の手から切り離したのではないでしょうか。それが教会の伝統になるように、そんなイエスさまの配慮を感じるのです。ちなみに、マタイの名簿だけはこの人たちを二人づつのチームにしていますが、ルカは(マルコも)そこまでの細分化をしていません。四人一組で十分と考えたのでしょうか。

 こういった人たちがイエスさまの使徒という光栄ある職に招かれました。12人という数字は、イスラエル12部族が意識されているのでしょう。ガリラヤの北端から名も知られぬ南の地方都市まで、広範囲に渡る地域から選ばれた人たちは、その出身部族も職業もいろいろとバラエティに富んでいたのではないかと思われますが、彼らが遣わされていくところは、イスラエル12部族が住まう全地域なのです。やがてこの12人の目は、イスラエルを越えて全世界へと向けられていきます。

 彼らがどのような基準で選ばれたのか、聖書は沈黙していますが、岩も雷の子も、懐疑論者も熱心党員も、果ては裏切り者まで、人間的な物差しではイエスさまの後継者として教会の指導者にふさわしいとは言えません。しかし、イエスさまはあえてそのような人たちを……と想像するのです。ルカは、イエスさまの徹夜の祈りから使徒たちが誕生したと記し、そして、その任命と町々への派遣(9:1-6)を切り離し、その間に6章後半の「平地の説教」や多くの奇跡などを挟んでいます。ルカは、イエスさまが彼らを教え育てようとしていると感じつつ、これを記したのでしょう。8章に「その後、イエスは、神の国を説き、その福音を宣べ伝えながら、町や村を次から次に旅をしておられた。12弟子もお供をした」(1)とありますが、彼ら招かれた者たちをどれほど愛し訓練しようとしておられるか、イエスさまの心が伝わってくるようです。私たちも、彼ら以上に足りないところだらけの者ですが、主に愛されているのです。だからこそ、主のみことばに訓練されたいではありませんか。役に立つ者として……。