ルカによる福音書

14 しるしを求めて

ルカ 4:14−30
イザヤ 61:1−3

T イエスさまデビュー

 荒野でサタンの誘惑を退け、救い主としての活動を開始するためのハードルを越えられたイエスさまは、いよいよ人々の前に姿を現わしました。ルカはその様子を、またもや独立した挿入句で的確に伝えています。「イエスは御霊の力を帯びてガリラヤに帰られた。すると、その評判が回り一帯に、くまなく広まった。イエスは、彼らの会堂で教え、みなの人々にあがめられた」(4:14-15) 「あがめられた」とありますから、民衆はイエスさまをメシアではないかと思い始めていたのでしょう。イエスさまの約3年間の公生涯は、最初の1年をユダヤ(エルサレム界隈)地方、次の1年をガリラヤ地方、そして最後の1年は、弟子たちとともにあちこちに立ち寄りながらエルサレムに向かう旅の年だったようです。最初の1年はヨハネしか取り上げず、マタイ、マルコ、ルカはともにガリラヤ地方での活動から始めていますが、その3福音書もそれぞれの編集方針が違っており、ルカはナザレのイエスさまから始めようとしています。恐らく、この記事はもっと後になって(マタイではガリラヤを去る数日前13:53-58)からのものと思われますが、それを活動の最初にもってきたルカの意図と、のっけから「イエスさまはメシアである」とするルカのメッセージも含めて見ていきたいと思います。

 「それから、イエスはご自分の育ったナザレに行き、いつものとおり安息日に会堂にはいり、朗読しようとして立たれた。すると預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を見つけられた。『わたしの上に主の御霊がおられる。主が貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油を注がれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、主の恵みの年を知らせるために』」(16-18) ユダヤ人会堂で安息日礼拝の時に「立ち上がる」のは、聖書を読むという意思表示です。会堂で自分のメッセージを伝える。それは、まだ人々に知られていない教師や預言者を志す人がデビューする時の常套手段でした。イエスさまはまだご自分の拠点を持っていませんでしたから、新人たちと同じように会堂めぐりをしていたのでしょう。一般会衆席に座っていたイエスさまが立ち上がって、前に出ました。いかにも初々しいイエスさまのご様子が偲ばれるではありませんか。


U 遣わされたお方として

 イエスさまが手渡された巻物は、預言者イザヤの書(分冊の、恐らく最後の巻物)でした(ルカはこれをギリシャ語訳で紹介している)。ナザレで育って、安息日の礼拝にはずっと通っていたところでしたし、子ども時代の教育もこの会堂で受けていたイエスさまです。61:1-2のその箇所は、きっと何度も教師から説明を聞いており、ご自身も何回も手にとって読んでいたところではなかったでしょうか。その頃に、イエスさまがこの箇所をどう受け止めていたかのは不明ですが、すぐにこの箇所を開いたことからも、少なくとも、非常な関心を寄せておられたことだけは確かなようです。ユダヤ人にとって、「主の恵みの年を知らせてくれる」お方の出現は、長い間待ち望んでいたことでした。

 主が遣わしてくださるそのお方を、ユダヤ人たちは「メシア」であると受け止めていました。メシアとは、長い間空白になっていた主に油注がれた新しい時代の王、イスラエルの栄光を打ち立てたダビデの王位を引き継ぐ者であると教えられていましたが、「貧しい人々に福音を伝え、捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを、しいたげられている人々を自由にし、……」とあるように、民衆にとっては、「私たちを今のあらゆる不幸な状況から救い出してくださるお方」を意味していました。それほどまでにその時代は、一握りの富む者たちから搾り取られて、貧しい者はいよいよ貧しくなり、強盗や殺人や贈賄などあらゆる犯罪が毎日のように横行し、社会の混乱が極みにまできていたのでしょう。そんな時代でしたから、人々は神さまに近づく道を見失い、神さまと彼らとの間に立つ仲保者を求め、メシアはまさにそのようなお方であると期待されていました。

 イエスさまは、そのようなメシアとして会衆の前に立たれたのです。何回も読み、また聞かされていたイザヤ書のことばが、今、ご自分を指し示す証言として鮮やかな光彩を放ってきました。巻物を閉じて係りの人に渡すと、イエスさまはその場に座りました。「座る」とはメッセージが語られるという合図です。「きょう、聖書のみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました」(21) 「みなイエスをほめ、その口から出て来る恵みのことばに驚いた」(22)とありますから、イエスさまの長いメッセージの、これはほんの最初の部分であろうと思われがちですが、このメッセージを聞きますと、ルカに資料(メモ程度のもの?)を提供した最初の記者は、イエスさまのメッセージそのものの中心点を要約したのであろうと感じられます。その記者は、イエスさまがまぎれもなく、「ご自分がメシアである」と高らかに宣言したと受け止めました。彼は恐らく、その日、ナザレの会堂でイエスさまのそのメッセージを自分の耳で聞いていたのでしょう。そして、彼はイエスさまを信じました。だからこそ、この短いメッセージがイエスさまの全メッセージになり得たと思うのです。「今日、預言者のことばがご自分において成就した」と、イエスさまは言われたのです。イザヤが語った「主はわたしを遣わされた」その遣わされた者こそわたしなのだと、それがイエスさまのメッセージでした。


V しるしを求めて

 ところが、ナザレの人たちはイエスさまのメッセージを聞いて、「この人は、ヨセフの子ではないか」と侮蔑し、イエスさまを受け入れようとはしません。彼らはイエスさまのメッセージを額面通りに受け止めました。ですから、「今日、預言者のことばがご自分において成就した」というメッセージの中心を、メシア宣言であると聞いたのです。そしてなお、そのことばを否定しました。まるで、十字架の福音をその中心で聞きながら、受け入れない現代人そのものではありませんか。

 イエスさまが言われます。「きっとあなたがたは、『医者よ。自分で直せ』というたとえを引いて、カペナウムで行われたと聞いていることを、あなたの郷里のここでもしてくれ、と言うのでしょう。まことに、あなたがたに告げます。預言者はだれでも、自分の郷里では歓迎されません」(23-24) イエスさまは、ナザレの人たちが彼に求めていることを知っていました。彼らは「もしあなたがメシアであるのなら、病人を癒し、悪霊に憑かれた人からその悪霊を追い出して、メシアである証拠を我々に見せてくれ」と要求したのです。カペナウムの町などガリラヤ各地で行われていたイエスさまの奇跡は、ナザレにまで聞こえていたのでしょう。ルカが14-15に挿入した独立句は、ナザレの人たちを意識しながらここに書き記したと考えていいようです。しかしイエスさまは、そのような奇跡を行わなかったばかりか、「エリヤの時代に、3年6か月の間天が閉じて、全国に大きなききんが起こったとき、イスラエルにもやもめは多くいたが、エリヤはだれのところにも遣わされず、シドンのサレプタにいたやもめ女にだけ遣わされたのです。また、預言者エリシャのときに、イスラエルにはらい病人がたくさんいたが、そのうちのだれもきよめられないで、シリア人ナアマンだけがきよめられました」(25-27)と、「選びの民」意識にあぐらをかいている者たちへの失望を隠しませんでした。

 彼らはひどく怒り、イエスさまを町はずれのがけふちまで連れて行き、そこから突き落とそうとしました。イエスさまがご自分をメシアであると宣言したことが、神さまへの冒涜であると感じたからです。彼らは自分たちの納得(断じて信仰ではない)のためにしるしを求めました。そしてそれは、現代の私たちも同じでしょう。しかし、イエスさまがご自分のためには、悪魔との闘いで、しるしを放棄されたことを覚えなくてはなりません。しるしが与えらず、満たされない思いをもって、イエスさまを死に定めたナザレの人たち、その怒りの炭火の中にイエスさまの十字架が浮かんでくるようです。