ルカによる福音書

11 十字架への道を

ルカ 3:15−22
イザヤ 42:1−4

T 道を整える者

 ヨハネの続きです。死海のほとりに隠棲していたクムラン教団を出て、独立した預言者としてヨルダン川のほとりに立ったヨハネのまわりに、たくさんの人たちが集まって来ましたが、彼は、その人たちに新しい神さまの民としての生き方を指示しました。それは、まぎれもなく、イエスさまを迎えようとする者たちの新しい立ち方であったと言えるでしょう。もっとも、ヨハネの教えは、前回も触れましたように、イザヤなどにも記されているもので、旧約時代に活躍した預言者の伝統を引き継いだものでした。その教えが、新鮮なものとして聞かれています。それは当時、聖書の教えを民衆に単純に伝えようとする者がほとんどいなかったことを示しているのではないでしょうか。2節に「神のことばがザカリヤの子ヨハネに下った」とありますが、これは旧約聖書とは別の新しい教えなどではなく、預言者たちが懸命に語ってきたことを、ヨハネも聖霊の導くままに話したということなのでしょう。しかし、民衆にとっては、初めて神さまのことばを聞いたように感じられたのです。ヨハネからバプテスマを受けようと詰めかけてきた人たちは、ヨハネを期待のキリスト(メシア)ではないかと考え始めました。それらしき人が何度も出ては消え、出ては消えしていた時代のことです。

 ヨハネは彼らに言います。「私は水であなたがたにバプテスマを授けています。しかし、私よりもさらに力のある方がおいでになります。私などは、その方のくつのひもを解く値うちもありません。その方は、あなたがたに聖霊と火とのバプテスマをお授けになります。また手に箕を持って脱穀場をことごとくきよめ、麦を倉に納め、殻を消えない火で焼き尽くされます」(16-17) ヨハネは、自分がメシアではなく、その方は間もなくおいでになると証言しているのです。その意味で彼は、イザヤの預言した「道を整える者」を意識していたと思われます。きっと、自分の誕生の由来をザカリヤとエリサベツから詳しく聞いていたのでしょう。彼が荒野に行ったのも、メシアの先駆者としての訓練を積むためと考えていいかも知れません。クムラン教団は、現在の私たちが考えるような集団としての人の集まりではなく、集まった人たちがそれぞれに黙想し神さまとの交わりを求めるところでした。修道院形態の、生活部分だけを共同にし、個々人の信仰はそれぞれが祈りと研鑽によって深めていたと言っていいでしょう。荒野はそのための最高の環境でした。そのような中でヨハネは、メシアの先駆者としての自覚を、いよいよ明確にしていったと思われます。


U 消えゆく者として

 ヨハネが指し示したメシアは、「あなたがたに聖霊と火とのバプテスマを授ける。また手に箕を持って脱穀場をことごとくきよめ、麦を倉に納め、殻を消えない火で焼き尽くす」というお方でした。これは、神さまだけが持っておられる力や招きや裁きを意味していると思われます。そのように神さまご自身としての力を持って来られるお方の前でヨハネは、「その方のくつのひもを解く値うちもない」と告白しています。それほど価値がないということでしょうか。そうではなく、ヨハネは、そのお方の前には身をかがめてもなお出ることが出来ないという、キリストと自分との決定的な違いを言っているのです。つまり、キリストは神さまご自身なのだという、彼の信仰告白ではないかと思います。ヨハネは、それほどのお方の先駆者として召し出されたのです。

「ヨハネは、そのほかにも多くのことを教えて、民衆に福音を知らせた」(18) ルカは、彼独特の独立句を挿入して、クムラン教団を去り、ユダヤ人民衆の前に姿を現わしたヨハネの活躍ぶりを伝えます。恐らくヨハネは、ヨルダン川を北上して、ガリラヤ地方にまで行ったのでしょう。死海からガリラヤ湖まで、彼は、ヨルダン川沿いを活躍の舞台にしていましたが、その期間はそれほど長くはなかったと思われます。しかし、彼の名前はガリラヤ地方を治めている国主ヘロデ・アンティパスの耳にまで届きました。イエスさまから「きつね」と呼ばれたほど猜疑心が強く、わがままな国王です。「さて国王ヘロデは、その兄弟の妻ヘロデヤのことについて、また、自分の行なった悪事のすべてをヨハネに責められたので、ヨハネを牢に閉じ込め、すべての悪事にもう一つこの悪事を加えた」(19-20)と、ルカはヨハネ活動の終焉に触れます。ヘロデはアラビアの王女と結婚していましたが、ガリラヤ以北地方の国主だった兄弟ピリポの妻ヘロデヤに横恋慕し、王女を離婚してヘロデヤと結婚してしまいます。ヨハネはそれを非難してヘロデの怒りを買い、マケルスの宮殿でその一生を閉じました(9:9、マタイ14:1-11)。イエスさまを指し示し、そして消えていったのです。


V 十字架への道を

 続いてルカは、イエスさま登場の記事に移ります。「さて、民衆が、みなバプテスマを受けていたころ、イエスもお受けになり、そして祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のような形をして、自分の上に下られるのをご覧になった。また、天から声がした。『これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ』」(21-22) この記事は他の福音書の同じ記事に比べて一番短いです。まるでルカは、意識してこれを短くしているようです。そして、ここからヨハネの名前を省いています。そればかりか、彼の終焉を、一部ですがここに挿入しているのはルカだけです。さらに彼は、ヨハネの最後の様子さえ、ヘロデの言葉で「ヨハネなら私が首をはねたのだ」(9:9)と短く記すだけです。イエスさまが登場したからには、もうヨハネは不要と言わんばかりに見えますが、きっと、その通りなのでしょう。「時の中心」はヨハネではなく、イエスさまだというルカの思いが聞こえてきます。〈ヨハネはイエスさまを指し示して消えていった〉とは、そういうことではないかと思います。しかし、名前を省かれたヨハネが、このイエスさま受洗の様子を証言しています。「祈っておられた」、「ご覧になった」、「天から声がした」という表現は、まさにその現場にいた者の証言でしょう。一部で言われているような、(イエスさまの)自己陶酔といった内的宗教体験などではないのです。彼の最後の証言として彼が見、また聞いたことを聞いてみましょう。

 そもそもイエスさまの受洗をヨハネは、「私こそ、あなたからバプテスマを受けるはずですのに」(マタイ3:14)と拒んでいます。この時点でヨハネは、この方こそ待ち望んでいたお方であると分かっていたと思われ、バプテスマを授けたのは、イエスさまのたっての希望からでした。ですから彼は、ことさら注意深く目と耳を研ぎ澄まし、このときに起こった事柄をそのまま弟子たちに伝えたのでしょう。これがヨハネの証言です。「聖霊が鳩のような形をして」イエスさまの上にくだり、「あなたはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」と天からの声が聞こえました。これは別々のことではなく、恐らく一つのことであろうと思われます。ヨハネはこの証言以外に何も言っていませんが、恐らく彼は、これを彼の意識を超える出来事と感じたからでしょう。それは、イエスさまにとって父君からの祝福に他なりませんでした。「あなたはわたしの愛する子」、そこに他人が入る余地は全くありません。「祈っていた」ことも、父と子の深い交わりの姿であったと聞こえてきます。しかし、ことさら「あなたはわたしの子」となぜ言われのか、「あなたを愛してる」だけでは不十分だったのでしょうか。そうなのです。「あなたはわたしの子」と改めて言うことで、今、救い主としてのスタートラインに立たれたイエスさまに、その走るべき行程を指し示し、ゴーサインを出されたということなのでしょう。それはイエスさまが十字架への道を歩み通すことでした。「罪が赦されるための悔い改めに基づく」(3:3)バプテスマを受けられたことも、そして、祈られたことも、父君のその思いに応えられたイエスさまの意思表示だったのでしょう。今イエスさまは、私たちの罪を負って十字架への道を歩み始められたのです。