ルカによる福音書

102 回復の時が

ルカ 24:13−35
エレミヤ 31:3−6
T 希望を失って

 「ちょうどこの日、ふたりの弟子が、エルサレムから11キロメートル余り離れたエマオという村に行く途中であった」(13)と、イエスさまよみがえり第二ステージの幕が上がります。第一ステージがマグダラのマリヤなど女性たちの舞台であることは、扱い方は違いますが、4つの福音書いづれも同じです。ところが、第二ステージは、記事のないマルコを除いて、マタイもヨハネも記事そのものが違っている。それはルカも同じです。イエスさまよみがえりをどこで聞こうとするのか、その違いだろうと思われます。エマオ途上の二人の弟子を舞台に上げたルカが、イエスさまよみがえりの出来事をどの部分で受け止めたいと願ったのか、その意識を探っていきたいと思います。

 エルサレム近郊(11q)と考えられるエマオ村、「温かい井戸」という意味ですが、その村に行こうとしている二人の弟子は、多分、その村の出身でした。ルカは9節で「11弟子とそのほかの人たち全部」と、集まっていた人たちが使徒たちだけではなく、より幅の広い弟子グループがいたことを暗示しています(33節も参照)。彼らは、クレオパ(18)という名前を見ますと、使徒ではありません。もしかしたら、イエスさまがエルサレムに来られた時、合流したグループなのでしょうか。ガリラヤ時代以前に、イエスさまがエルサレムを中心に活動しておられたことを考えますと、その可能性は高いと思われます。彼らは過越の祭りのためにエルサレムに出て来て、祭りを終え、エマオに帰る途中だったのではと、多くの注解者たちは考えていますが、彼らが、エルサレムに来られたイエスさまにメシア王国建立を期待して合流した、古い弟子たちだったとすれば、むしろ、イエスさまを失って茫然自失のあまり、家に帰ることしか思いつかなかったと考えたほうが自然なようです。

 彼らは、女性たちが天使から伝えられた「イエスさまよみがえり」の証言を「たわごと」と聞いた人たちでした。彼らは、イエスさまを失ったばかりなのです。しかもイエスさまは、十字架刑という見るも残酷な方法で取り去られました。きっと彼らは、(遠くの物陰から)その様子を見ていたのでしょう。それだけでも打ちのめされているのに、女性たちの「たわごと」に踊らされてしまったと、「暗い顔つきになって」(17)いたのも、やむを得なかったのではないでしょうか。


U 目が遮られて

 そんな彼らに歩調を合わせるかのように、イエスさまが近づいて来られました。しかし、「ふたりの目はさえぎられていて」(16)、そのお方がイエスさまだとは分かりません。「歩きながらふたりで話し合っているその話は、何のことですか」(17)「ナザレ人イエスのことです。この方は、神とすべての民の前で、行ないにもことばにも力のある預言者でした。それなのに、私たちの祭司長や指導者たちは、この方を引き渡して、死刑に定め、十字架につけたのです。しかし私たちは、この方こそイスラエルを贖ってくださるはずだ、と望みをかけていました。事実、そればかりでなく、その事があってから三日目になりますが、また仲間の女たちが私たちを驚かせました。その女たちは朝早く墓に行ってみましたが、イエスのからだが見当たらないので、戻って来ました。そして御使いたちの幻を見たが、御使いたちがイエスは生きておられると告げた、と言うのです。それで、仲間の何人かが墓に行ってみたのですが、はたして女たちの言ったとおりで、イエスさまは見当たらなかった、というのです」(19-24) この証言でまず、崩壊した弟子団のイエスさまに対する評価が著しく低下していることに気づかされます。「ナザレ人イエス」「預言者」もですが、王国建設のために、(私たちの)祭司長や指導者たちが協力を惜しまない筈だった、という考え方が披露されている点です。「私たちの」と、彼らはいつの間にか権力者サイドに引き込まれ、その観点からイエスさまを見るようになっています。まるで、イエスさまは彼らと協力して王国を打ちたてるべきだった、とでも言いたげに聞こえてきます。それは何を今更との愚痴なのでしょうが、繰り返しイエスさまが教えられたことを、彼らはどう聞いていたのでしょう。崩壊とは、散り散りになってしまったことばかりではありませんでした。

 この証言から、もう一つのことが聞こえてきます。女性たちの証言で弟子たちが、一時的にではあれ、イエスさまよみがえりに淡い期待を抱いたことは確かでしょう。その証言を「たわごと」と聞き流しながらも、ペテロを含む何人かの弟子たちは墓に駆けつけました(ヨハネ20:3-10参照)。そして結論を出します。「イエスさまのからだはなかった」と。墓は空っぽだったのですからその通りなのですが、そのニュアンスは少し違うようです。もし、よみがえられたのなら、どうして私たちのとろこに来てくれないのか。埋葬後、すでに三日目だというのに……。死者の霊は三日遺体のそばに留まり、その後身体を離れていくと、民間の俗信に言われています。その日数をとっくに超えているではないか。もうよみがえりはないのだろう。それが彼ら弟子団としての結論でした。


V 回復の時が

 彼らの結論を聞いて、イエスさまが言われます。「ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。キリストは、必ず、そのような苦しみを受けてから、彼の栄光にはいるはずではなかったのですか」(25-26) イエスさまは、天使の証言にすら耳を傾けようとしない彼らに、天使と同じことばを繰り返しました。7節には「人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない」(マタイ16:21参照)とあります。その証言のもとに立つ者となるために彼らに欠けていたことは、何よりも、聖書とじっくり取り組んでそのメッセージを聞く姿勢であると、イエスさまは指摘されたのです。それはルカの思いでもありました。ルカはこの弟子たちの証言を極めて大切なものとして掲げました。「イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを彼らに解き明かされた」(17)と。弟子団が崩壊したのも、みことばの学びの底の浅さからだったのではないでしょうか。再生した弟子たちの軌跡を取り上げた使徒行伝では、弟子たちがどんなに聖書に立脚しようとしているか、ルカは彼らの徹底した聖書主義を丁寧に描いています。その「みことば立つ」勧めは、彼の愛した異邦人教会への勧めでした。そしてそれは、現代の私たちにもと聞かなければなりません。

 エマオに着いた弟子たちは、お話をもっと聞きたいと願い、「いっしょにお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もおおかた傾きましたから」(29)とイエスさまを引き止めました。そして食事の時です。イエスさまは「パンを取って祝福し、裂いて彼らに渡され」(30)ました。それはあたかも、その家の主人がイエスさまであり、彼らの方が客でもあるかのような為され方でしたから、鈍い彼らも、ようやく「このお方は!」と気がついたのでしょう。彼らは、「目が開かれた」「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか」(31-32)と証言します。「心がうちに燃え」とは、エレミヤの内に起こした神さまの出来事(20:9)でした。彼らはイエスさまが生きてそこにいらっしゃることを認めたのです。もはや、イエスさまが再び姿を消された(31)ことなど、少しも問題ではありません。彼らはただちにエルサレムに戻りました。イエスさまにお会いした喜びを仲間たちに知らせたかったからです。それは、信仰の回復に他なりません。戻りますと、仲間たちは「イエスさまがペテロにもご自分を現わしてくださった」と大喜びの真最中です。二人の報告が、その喜びを更に大きくしていったことは言うまでもないでしょう。この二人の信仰回復が引き金になって、今、弟子団が再生しつつあるのだと、ルカの目線が見えてくるようです。ルカは、イエスさまのよみがえりを、弟子団再生という枠組みの中で聞きました。弟子団(教会)崩壊と再生のメッセージ、これは、現代の私たちも聞かなければならないことではないでしょうか。