コロサイ人への手紙

23 苦しみをともに

コロサイ書 4:10−14
伝道者の書 12:1
T 祈りの戦士として

 「○○からよろしく」と続くところです。まず、○○に当たる名前を挙げていくことにします。面白くないかもしれませんが、少々ご辛抱ください。パウロと一緒に囚人となっているアリスタルコ、バルナバのいとこマルコ、ユストと呼ばれるイエス、キリストのしもべエパフラス、愛する医者ルカ、デマスの6人ですが、簡単にそれぞれの人物描写をしておきましょう。アリスタルコはテサロニケ人で、エペソでの騒乱(使徒19:29)のときに捕らえられているので、第三次伝道旅行からパウロと行動を共にした伝道者だったようです。マルコは福音書記者マルコ。「バルナバのいとこ」と紹介されていますが、異邦人伝道初期からパウロと行動を共にしていたバルナバ(使徒11:22-26)がコロサイ教会に良く知られていたのでしょう。マルコは当時まだ30代?の若い伝道者でした。「ユストと呼ばれたイエス」のことは、ここ以外に何も記録がありません。実は、ピレモン書24節にこの人たちの名前が挙げられているのですが、エパフラスとユストの名前は省かれています。コロサイ教会の牧会を離脱したエパフラスはともかく、ユストはあまり馴染みのない名前だったのかも知れません。エパフラスのことはあとで取り上げますが、コロサイ出身の伝道者で、コロサイ教会やラオデキヤの教会を建て上げた人と、覚えて頂けたことと思います。ルカは勿論ルカ伝と使徒行伝の記者であり、パウロの同行者としてよくよく知られていました。デマスはそれほど知られている人物ではありませんが、ルカと並べられているところを見ると、コロサイ教会では馴染みある名前だったのでしょう。

 オネシモがそうであったように、多分、パウロの身近にいた人たちは他にもたくさんいたと思われます。それなのに、この6人の名前が特別に記されるのは、一つには、コロサイ教会に何らかの関係があったからでしょう。そして、もう一つの理由は、彼らがコロサイ教会のために格別に祈っていたということでしょう。エパフラスの記事を除いて、「彼らがあなたがたのために祈っています」とは一言も書かれていませんが、それは、彼らが本当に心を込めて祈っていたからではないでしょうか。私たちもよく「祈っています」と言ったり聞いたりすることがありますが、これは単なる挨拶であってはなりません。祈りは、神さまが聞いておられることであると覚えたいのです。


U 慰めの者と

 この記事から二つのことを聞いていきたいと思います。一つは、「割礼を受けた人では、この人たちだけが、神の国のために働く私の同労者です。また、彼らは私を激励する者となってくれました」(11)とあるところからです。「この人たちだけが」とありますが、口語訳や新共同訳では「この三人だけが」となっており、初めに上げられたアリスタルコ、マルコ、ユストの3人が割礼を受けた者、つまりユダヤ人ということになります。マルコ、ユストの二人はもともとユダヤ人であり、テサロニケ人のアリスタルコはユダヤ教への改宗者だったのかも知れません。もちろん、三人とも今はクリスチャンであり、伝道者となっています。

 ところで、「この三人だけが」というのは、恐らくピリピ書の分派騒動に関係していたであろうと推察する人たちがいますが、その通りかと思います。ローマのクリスチャン社会には、以前から何人もの指導者たちがいて、いくつもの集まりがあったようですが、パウロがローマに来て伝道を開始して間もなくの頃は、新しく生まれたクリスチャンや伝道者だけでなく、以前からの指導者や信徒たちもパウロの周りに集まっていたようです。使徒28章に「こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた」(30-31)とあるのは、そのことを指していると思われます。ところが、ここで「妨げられることなく」とは、逆に、そのようなことが起こったことを暗示しているのでしょう。恐らく、彼の人気が妬みとなって、周りに集まっていた伝道者たちがパウロ派と反パウロ派に分裂し、福音宣教の競争が起きていたと思われます。それは、ピリピ1章にある状況とも符合します。「人々の中にはねたみや争いをもってキリストを宣べ伝える者もいますが、善意をもってする者もいます。一方の人たちは愛をもってキリストを伝え、私が福音を弁証するために立てられていることを認めていますが、他の人たちは純真な動機からではなく、党派心をもって、キリストを宣べ伝えており、投獄されている私をさらに苦しめるつもりなのです」(1:15-17) そのような分派騒動のもと、パウロのもとを離れて行く人たちが相次ぎ、割礼を受けた指導者でパウロのもとに残ったのは、わずかこの三人だけでした。コロサイ教会にもユダヤ人たちが多かったから、パウロはその動向に心を痛めていたということなのでしょう。

 マルコのことですが、彼はパウロの第一次伝道旅行に同行しながら、途中で戦線から離脱し、パウロの信頼を損ねてしまいました。その後約10年、彼の名前は出てこないのですが、突如ここに再登場します。空白の日々に、彼を変える何かがあったのでしょう。「彼らは私を激励する者となってくれた」とは、格別にマルコに当てはまるのではないでしょうか。クリスチャンであることが周りの人たちへの慰めや励ましになっていくように、私たちもそんな者に変えられていきたいと願います。


V 苦しみをともに

 もう一つ、エパフラスのことからです。「エパフラスはいつも、あなたがたが完全な人となり、また神のすべてのみこころを十分に確信して立つことができるよう、あなたがたのために祈りに励んでいます。私はあかしします。彼はあなたがたのために、またラオデキヤとヒエラポリスにいる人々のために、非常に苦労しています」(12-13) 彼について二つのことが言われています。一つは、コロサイ教会の人たちのために祈る姿、もう一つは、彼の苦労する姿です。

 何回か触れて来ましたが、彼は、コロサイ出身ということで、恐らく、パウロから送り出されてコロサイ伝道に向かったのでしょう。そして、コロサイばかりでなく、近くのラオデキヤ、ヒエラポリスにも教会を建て上げました。まだ小さな頼りない教会だったと思われますが、その三つの町を巡回しながら、何とかそれぞれの教会が一人前になるようにと、働いていたのでしょう。多分、彼の目標とした教会は、エペソ教会やローマ教会ではなかったかと思います。しかし、コロサイ教会に異端問題が発生して彼の手に負えなくなり、傷ついたまま彼は、ローマにいるパウロの許に戻ってしまうのです。私にも経験のあることですが、開拓伝道で苦労し、建て上げられなかったところほど深い痛みが残ります。その時生まれた何人かの方たちは、今でも私の働きのために祈っていてくださり、時折献金なども届けてくださって、一層祈らされます。きっと、エパフラスも同じだったのでしょう。彼自身、彼の手を離れた人たちのために祈っていました。「彼はいつも、あなたがたが完全な人となり、神のすべてのみこころを十分に確信して立つことができるように」というエパフラス祈りは、まさにアーメンで説明を要しません。そしてそれは、今、関わりを持っている人たちへの祈りでもあります。

 彼はコロサイを離れます。「苦労している」とは、口語訳で〈心労〉となっており、誰かのために悩み苦しむことです。もうここで働くことは出来ないと悩み、去ろうと決断した彼は、ローマに戻ってなお、苦しみの中で祈り続けています。ローマで彼がいくら痛み苦しんでいたとしても、その思いが相手に伝わらないではないかと思われるかも知れませんが、パウロはその苦しみを見ていました。何よりも十字架の主がその祈りを聞かれ、共に苦しんでくださるのです。その主の前で苦しみ祈る、祈りとはそういうことなのでしょう。苦しむことを厭う現代に、誰かとともに苦しみの涙を流せるのは、主に贖われた者の特権ではないでしょうか。伝道の書に「あなたのパンを水の上に投げよ。いつの日にか。あなたはそれを見出そう」(12:1)とあります。主が見ておられるところでの信仰に立ち続けたいと願います。