神さまが司令官

第一章  経   過


2、救援対策本部設置の経過

 地震発生の17日深夜、神戸市役所に入っていたケン・ジョセフ氏からクリスチャン新聞・大阪支局長三浦三千春記者(西明石在住)に電話があった。「クリスチャンのボランティアを送ってほしい…」 三浦兄が相談したのが加古川・尾上聖愛教会の山崎徹也牧師、高砂教会の手束正昭牧師であったが、この両教会が数名のボランティアを神戸に送り、神戸ルーテル神学校内に一室を借りて、とりあえず両教会から送られてくる物資を配り、屋根のシート掛けなどを始めた。ボランティア活動の発端である。

 このボランティアグループから神戸西部地区に、人出が足りないのでボランティアを送ってほしいという電話があった。21日(土)のことである。たまたまその要請を受けた筆者(下山・西神聖書教会牧師)がそこへ行ったのであるが、そこで、「教会と教会を通して被災者を助けたい。神戸市内にその働きとなる場所とリーダーはないか?」と問われ、神戸には超教派の交わり「神戸宣教祈祷会」があり、神戸西部地区では比較的被害が少なかったため、多分、神戸一麦教会の子安牧師がリーダーを引き受けて下さるだろうとお伝えする。この時点で、ケン・ジョセフ氏の働きは教会とは無関係なものになっていたため、方向の軌道修正という神さまのご計画のようであった。

 幸いなことに、神戸宣教祈祷会の中でも比較的被害の軽かった神戸西部地区では、神戸一麦教会を中心に月1度の牧師・牧師夫人の交わりを持っており、その交わりならば気心が知れていて、すぐにも集まれる筈であった。丁度、23日(月)に神戸宣教祈祷会の緊急の会合が開かれることになり、加古川・高砂教会のボランティアグループのリーダー・森田陽一兄もその会合に出席して子安師とも会い、神戸宣教祈祷会のバックアップを受けることとなった。わずか2〜3日の間に、神さまは、神戸の教会への救済を神戸の教会の手でと、神さまご自身のお働きを整えて下さったのである。翌24日(火)、神戸一麦教会に近隣教会の牧師たちが集まり、キリスト教神戸宣教協力会救援対策本部が、子安敏夫牧師を本部長に、垂水福音教会の松下勝彦牧師を事務部長にスタートした。森田兄は副代表となったが、そのグループは支部として、中央区・被災地の中心に近いルーテル神学校を拠点に、本部と連絡を取りつつ働きを継続してゆくことになり、すでに活動を始めていたルーテル救援対策本部(鍋谷堯爾本部長)、他各教団の救援活動とも連係しつつの活動が始まった。以後、この活動は次第に広がりを持ち、やがて、被害の大きかった兵庫松本通教会の跡地にテントを張り、そこをも新しい拠点として活動を始めるようになる。2ケ月半たって対策本部が一応終結した現在、この松本通の支部だけが活動を継続、新しい活動も始めている。
back index next