神さまが司令官

第一章  経   過


1、大地震発生

 1995年1月17日朝5時46分、兵庫県淡路の北部を震源地として起こった大地震は未曽有の震度7という揺れで、関西に大地震は起こらないと安心しきっていた神戸・芦屋・西宮……と阪神地区を駆け抜け、大阪西部にまで達して大きな被害をもたらした。

 これは、都市型の大地震としては、72年前の1923年関東大震災以来の大規模なものであったと言われる。その被害は、倒壊、全焼のビル・家屋14万戸以上、半壊、一部破損の建物は数知れず、鉄道・高速道路・湾岸施設など各種建造物は寸断され、使用不能となり、被害総額は10兆円を越えるであろうと推測されている。死亡者は5502名(4月16日現在)、怪我をした人は無数である。そして、電気、ガス、水道等のライフ・ライン破損により供給が途絶え、食べるものにも事欠くパニック状態が1週間以上も続いた。

 地震による家屋等の倒壊というのは直接的な被害で、特に三宮以東、東灘区などは痛ましい限りであったが、この震災では、長田区に多発した火災による被害は目をそむけたくなるほど無残なものであった。余りにも多発したため消防車が足りず、或いは交通規制が遅れたこともあって渋滞に巻き込まれ現場に着くことが出来ないなど、燃えるにまかせるといった状態で、鷹取、新長田、松本通りなどは空襲さながらに広く焼け野原となってしまった。被災して避難所に入った人たち、公園などに簡単なシートを張って避難した人たちなどは30万人を越えたと言われる。家族を失い、家を失い、職を失って、生活の基盤を無くされた方たちの慰めと希望がどのように回復してゆくのか、日本中が大きな課題を抱えたと言えるのではないだろうか。

 この大地震では教会も大きな被害を受けたが、その被害状況を、私ども神戸宣教協力会救援対策本部で調査した報告書の中から抜粋してお知らせする。(この被害状況は、一章第四項で情報として全文を掲載する)

「会堂は倒壊をまぬがれたが、壁が落ち、天井が抜け、建物自体が傾いている。信徒宅、全半壊損傷21程」、この教会は結局解体撤去、新会堂ということになったが、資金的な面で苦境に立たされている。
「会堂、牧師館ともに全壊。副牧師住宅半壊。伝道師住宅全壊。教会員召天2名、教会員関係被災者多数」
「会堂まわり、牧師館破損。召天者2名。牧師家族は自動車で寝泊りして、地域の人々や小さな避難所を訪問し、必要物資を配っている」

 上に3つほどの状況を紹介したが、教会自体が建物の被害を受けた他に、信徒の方たちが被災して礼拝が守れなくなったり、教会再建の力になることが出来ないなどの状況が生じている。しかし、それほどの困難な中でも多くの教会が被災者の避難場所となったり、炊き出し、救援物資の配布を行い、自らガレキの中から怪我人を助け出し、心のケアに駆けまわるなどの働きを続けてきたのである。
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