福音と宗教



T 失われた宗教

3 ギリシャ・ローマの宗教(3)

 これまで「人間」というものを色濃く反映したギリシャ神話を見てきましたが、今回は、ローマ人の宗教に移っていきましょう。

 ローマは軍事力ではギリシャを征服したが、文化面ではギリシャに征服されたと言われています。ローマの貴族にとってはギリシャ語がステイタス・シンボルになっているほどでしたから、自国の文化を低いものと認め、神々についてもギリシャ神話のコピーに甘んじてしまった時代が、ローマに長く続いたようです。ユピテルはゼウスの焼き直し、ユノはヘラ、ミネルヴァはアテナと同一視されているという具合です。それらはもともとローマの風土で育った全く違う神々らしいのですが、いつの間にかギリシャ神話に征服されてしまったとの感がぬぐい切れません。

 ギリシャの神々がある種の現象から作り出され、それに人間の形を与えて崇拝されたのに対し、ローマの神々は、物または現象の中にある種の力を感じ、これに祈り、祭りをおこなって次第に神という観念に進んだと考えられています。シンボルではないのです。木や石や動物や水や人など、物の中にあってその現象を支える力をローマ人はヌメンと呼びますが、そこから彼らの神々が発生したものと思われます。アミニズム(汎神論)に近いと見ていいでしょう。しかし、ヌメンには実体がないわけですから、その実体にギリシャ神話の神々を借りてきたと言えなくもありません。もともとローマ人にとって実体はどうでもいいのですから、それがギリシャの神々であっても一向に差し支えないわけです。

 ギリシャ神話を模したローマ神話がいつしか文学などの世界だけに息づいていくようになるのは、ギリシャ神話が辿った道筋と同じです。しかし彼らは宗教ということにギリシャ人より真剣な求道者だったのでしょうか、新しい救済宗教がローマ世界に台頭してきます。

 ローマ帝国期に隆盛した救済宗教にはキリスト教とミトラス教がありますが、キリスト教については別項目として取り上げますので、ここでは帝政初期BC1〜4世紀頃にローマ全域に広がったミトラス教を見てみましょう。キリスト教がどこかで躓いていたなら、ミトラス教が世界を席巻していただろうと言われるほど勢いを誇っていた宗教です。ミトラス神もメシアと呼ばれ、キリスト教との類似点もいろいろ挙げられるなど、ミトラス教のシンパは現代にも意外と多いようです。

 ミトラスとはもともと「計量」を意味しますが、歳月の計量者すなわち太陽神、また、人々の正しい関係の計量者、すなわち契約、正義、友情の神として、古くからアーリヤ人(インドに移住していったヨーロッパの民族として知られる)の神々のうちに認められていました。ミトラスはインドの古語サンスクリットに由来しており、サンスクリットの故郷ペルシャ系の神と見られています。信者たちの礼拝は地下聖堂で行われ、密儀宗教だったのでしょうか、その岩肌には聖なる雄牛を殺すミトラス(ディオニュソス的な)の浮き彫りが描かれているそうです。それは人間の野性的生命力、反理性、反文明への憧れを現わし、おそらく、ギリシャ文明への反発が、ローマ民衆をミトラス教へと駆り立てていったと想像されます。

 「ミトラス(ディオニュソス的な)」と奇妙な言い方をしました。ディオニュソスは前8世紀頃ギリシャに入って来た比較的新しい神ですが、ローマ人が好んで用いたバッカスという称号のほうが有名でしょう。日本語で酒神と訳されたのは、バッカスがブドウの栽培とぶどう酒の製法を教え、ぶどう酒の神とされたからのようです。その祭りで信徒たちはぶどう酒によって恍惚状態となり、無我夢中で山野を駆け巡り、出会う動物を引き裂いては生肉をむさぼり食らったと伝えられています。ギリシャの芸術活動は、そんなディオニュソス神の霊感的祭儀に由来すると言われ、また、哲学者ニーチェは芸術の基本型を知的で静的なアポロン型と陶酔的で激情的なディオニュソス型に分類していますが、ミトラスはそんなディオニュソス型の激情的な一面を引き継いでいるようです。

 私もついぞ知りませんでしたが、平凡社の百科事典には、ミトラス最大の祭日12月25日がクリスマスに、更に、日曜日も彼らの祝日からの転嫁であると記されています。しかし、ミトラス教は古代ローマの末期を華々しく彩った密儀宗教でしたから、やや遅れてローマ世界に入り込んできたキリスト教に敵対意識を燃やしたとしても、あり得ることだったのかなと想像します。それはともかく、恍惚状態はローマ人の生き方にマッチしたのか、それが宗教の本質的形態の一つの典型を示しているようで、ローマ人宗教の遺産と言えるのかも知れません。



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