福音と宗教

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Y、終章

3、福音と宗教

d、神さまがあなたに−6


 前回、ゾロアスター教の高い倫理や歴史観は、それまでの土から生え出たどろどろした精霊を神々とする豊穣信仰から脱却し、さらに高度な神学を構築して、ギリシャ世界に多大な影響をもたらした、グノーシス主義というメソポタミヤ固有の宗教の誕生母体になったと触れました。

 現代人にはあまり馴染みのない「グノーシス主義」ですが、実は、このグノーシス主義は、紀元一世紀半ばのパウロの時代から、キリスト教に大きな影響を与えて来ました(同ホームページ・「コリント第一講解説教参照」)。そしてそれは、今なおキリスト教異端とされる教団教理の中に潜んでいます。「マニ教」の項でも触れましたが、ほんの数行でしたので、ここで少しだけそのエッセンスを取り上げてみましょう。

 「グノーシス主義」は、ペルシャ(イラン東北部の高原)に端を発してギリシャ語世界に進出し、2〜3世紀に一世を風靡した古くからの宗教思想ですが、現代では、西方グノーシス主義(シリヤ・エジプト型)と東方グノーシス主義(イラン・マニ教型)とに分けられています。もともと「グノーシス」というギリシャ語は、「知識」という意味を持つ普通名詞ですが、「グノーシス主義」という枠を持つ諸宗教の、宗教学上の重要な共通教理認識なのです。しかしこれは、発生当初からの呼称ではありません。この呼称の宗教史上における定着は、1966年4月、イタリヤ・メッシーナ大学で開催された研究者たちによる国際シンポジウムで提案され、そこで「グノーシス主義」という共通認識が生まれたことによります。これは「メッシーナ提案」と呼ばれ、以後、「グノーシス主義」が広く世界の宗教界で共有される呼称となりました。

 そのグノーシス主義のメッシーナにおける共通定義は、@反宇宙的二元論、A人間の内部に「神的火花」「本来的自己」が存在するという確信、B人間に自己の本質を認識させる救済啓示者の存在、と言われています(筒井賢治「グノーシス」講談社選書メチエ)。細かなことは、参考文献等をご覧頂きたいのですが、少しだけその発生過程に触れておきましょう。

 東方大河地方に、古代農業文化から豊穣信仰による神殿宗教が誕生しました。マルドゥク神やイシュタル女神を主神とする古代バビロニヤの時代です。これは大地から生え出た素朴な精霊宗教と言えるでしょう。ところが、時代が進むにつれて、少し離れたイラン北東部の高原地帯に中央アジヤから移動して来たアーリア人によって、善悪二元論を表明するゾロアスター教が誕生します。光を崇めるために、神殿内には絶やされることなく火が燃やされていたようですが、その教団が、やがて大河地方に進出し、ペルシャ帝国の国家宗教となりました。精霊の、大地の暗やみから光に満ちた人間の生活空間への進出と見ていいでしょう。ところがペルシャでは、ご存じの通り、天空の星々を観察する「占星術」が発達していて、その星々を、アイオーン(永遠)なる神々と考える宗教思想が育っていました。まだ名前はついていませんが、土から生まれ、人間空間に躍り出て、さらに上の天空を目指そうとする精霊信仰の宗教思想が、その歩みをギリシャ世界に向け始めました。当時のギリシャ世界には、豊穣信仰を旨とする神殿文化が全盛を誇っていましたが、新しく入って来たこの精霊信仰がギリシャ哲学と結びついて高度な宗教思想となり、またその一部が、同時期ギリシャ世界に進出して来たキリスト教とも接触して教会に入り込み、キリスト教神学を装っていました。これがグノーシス主義と言われるものです。

 こう見て来ますと、いかに大地→生活空間→天空へとその舞台を移し、哲学やキリスト教神学と結びついて高度な宗教思想築き上げていたとしても、グノーシス主義は、依然として、人間と深く関わる「精霊信仰」を基本とする宗教でしかないのです。本質は何も変わっていません。それは、ペルシャの宗教だけでなく、世のあらゆる宗教の帰結するところではないでしょうか。それは、ローマの「ヌメン」やラオスの「ピー」などの延長線上にあるもので、日本の八百万の神々もそれと同じと言えましょう。「精霊」は、どんなに優れた知恵や力など立派な甲冑を纏っていても、天地万物の創造者、全知全能の恵みと愛に満ちた唯一の神さまに決して届くことのない、有限で滅びるしかない人間の考え、想像物でしかないのです。


 私たちは今、「イエス・キリストの福音とは何か」を問いかけ、その答えを手探りしているところですが、それはイエスさまサイドの「恵み」に起因すると同時に、私たちのイエスさまを信じる「信仰」が問われるところでもありますが、その信仰は、私たち自身の内面に向かう信心とは異なり、絶対他者に向かうものであると聞いて来ました。絶対他者とは何か? ユダヤ人たちがヤハウェと呼んだ唯一全能の「神さま」と、神さまのひとり子「イエス・キリスト」についてはすでに取り上げてきましたが、今、三一の神さまの一つ、「聖霊」を見ようとしています。しかし、私たちが「霊」と聞いてすぐに思い浮かべる「精霊」について、東方大河地方で進化した宗教の流れをここしばらく語って来ましたが、「聖霊」と呼ばれるお方は、断じてそんな「地」や「人間の生活空間」や「天空」から産み出された「精霊」ではなく、絶対他者としての聖霊なのです。次回からは、そのお方のことを、新約聖書から見ていきましょう。


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