福音と宗教

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Y、終章

3、福音と宗教

d、神さまがあなたに−5


 絶対他者のもう一人のお一方・「聖霊なる神さま」の項に入り、今、「聖霊」に似た呼び名を持つ、アニミズムなど、原始宗教の「精霊」についてお話しているところです。

 精霊を恐れ敬う宗教は、原始宗教から始まって、非常に高度な思想を有するものにまで進化して来ましたが、その流れを、メソポタミヤ文明の中で辿って来ました。前回触れた土の宗教から、人々の生活空間を網羅する、新しい宗教が興りました。ゾロアスター教です。メソポタミヤ地方に「文明」として栄えた多くの宗教の中でも―正確には、これは古代イラン北東部高地の文明ですから、メソポタミヤ文明と区別する人もいますが―、ゾロアスター教は、極めて異色と言えましょう。

 紀元前千年頃に中央アジヤの西端部に位置するイラン北東部で生まれたゾロアスター教の始祖・ザラスシュトゥラは、英語ではゾロアスター、ドイツ語ではツアラトゥストラですが、ニーチェの「ツアラトゥストラはかく語りき」という哲学命題(実在のゾロアスターとは無関係)もあって、欧米では広く知られています。彼は、それまで大地に根ざしていた豊穣信仰の世界に、高度な宗教哲学を持ち込み、メソポタミヤの宗教改革者と呼ばれています。

 そのゾロアスターによる創作神と言われていますが、ゾロアスター教の最高神に、古代イラン高地に住んでいたとされるアーリア人の神名を引き継ぐ、「アフラ・マズダー」という神がいます。このアフラ・マズダーの七つの属性を七つの天使(神々)として実存化させ、その神々に対抗するように七つの悪神を誕生させて、神々(精霊)の数が増えていくのですが、もともとの神は「アフラ・マズダー」だけで、一般に、「世界最古の一神教」と言われています。

 「神の文化事典」ではゾロアスター教を、次のように説明しています。「アフラ・マズダーは光輪フワルナフを創造した。光輪フワルナフは北極星、太陽、月、星へと下降して、最後にゾーイシュ家のかまどの火に下り、その火から生まれていなかったゾーイシュ家の娘の体内に入った。そしてこの娘が生まれた時、その体内から光が溢れ、天地を満たした。光輪フワルナフは王者・救世主の印である。その娘が結婚してゾロアスターを産むと、太陽が出現したかに見えた。ゾロアスターは光輪に満ちて誕生した。その後、彼は宗教者となり、独創的な倫理的善悪二元論を唱え、布教を続けた。」(「神の文化事典」ザラスシュトゥラの項、白水社2013)

 日本でこれは「拝火教」と呼ばれ、なにやら妖しげな宗教と思われていますが、豊穣信仰を土台に神々の権威をもって人々を支配する、古い神殿信仰(精霊信仰)を引き継ぎながら、それら神々を上回る力を有する光輪フワルナフを背景に、ゾロアスターの教えは、メソポタミヤ宗教界に「光」をもたらしました。彼は、アフラ・マズダーの啓示を伝える預言者として登場しましたが、その教えは、七つの善神と七つの悪神を対立させる善悪二元論をもって、当時の人々が陥っていた不品行など、悪しき精霊のもたらす倫理観に切り込み、光(善なる精霊)の象徴・聖火を崇めるなど、精霊信仰の要素を色濃くし、光は必ず勝つとする教義をもって、悪を退け、人の徳を重んじる、高い倫理観と高度な宗教観に溢れています。彼は、土から這い出したどろどろした精霊信仰を、人々の生活空間にまで引き上げ、宗教を人間の手に引き戻したと言えるでしょう。

 後世の人々から、「ゾロアスター教」と呼ばれるようになったペルシャ帝国の国家宗教は、紀元前三世紀、シリヤのセレウコス王朝没落後、アルサケス王朝によってイラン高原北東部に誕生したパルティア王国―ペルシャ帝国一行政区の呼名、帝国の延長と考えられている―において、教団の公式教義や聖典「アヴェスター」が文書化されるなど整えられて、遠くインドや中国にまで広がりました。後の世界宗教・イスラムやキリスト教にまで大きな影響を与えたと評価されています。しかし、ペルシャ帝国没落後、それに歩調を合わせるかのように力を失い、現代、一握りの小さな群れ(世界中の信徒を合わせても約10万人)になっているようです。

 高い倫理観や歴史観、さらに高度な神学を持つゾロアスター教は、ローマ・ギリシャ世界に大きな影響をもたらした「イラン・マニ教型」東方グノーシス主義諸宗教の、母体となりました。特に、マニ教が提唱し、近代のキリスト教自由主義神学にまでも影響を与えた善悪二元論―西方グノーシス主義「シリア・エジプト型」は一元論―は、まさに、ゾロアスター教の中に見られるではありませんか。グノーシス主義の舞台は、ゾロアスター教の舞台である人間の営み・生活空間からさらに上を目指し、天空の星々へと昇華していきます。それは、土から生え出た精霊の、さらなる進化と言えましょう。


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