福音と宗教

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Y、終章

3、福音と宗教

d、神さまがあなたに−4


 信仰は、絶対他者に向かうものであると聞いて来ました。
 これまでその絶対他者の、神さまとイエス・キリストを取り上げて来ましたが、もう一人のお方、「聖霊」と呼ばれる方を取り上げておかなくてはなりません。聖書は、預言者たちなど証人に内在したパラクレートス・助け主(聖霊)の助けによって文字に著わされたものですが、そのお方の助けを頂きながら、私たちもまたそのお方の声を耳を澄ませて聞くのだと,、前回触れました。三位一体の神さまであって、私たちに内在する聖霊については、いろいろと誤解も多いようですので、丁寧に見ていきたいと思います。

 「聖霊」と聞きますと、アミニズムなど原始宗教の「精霊」を思い浮かべてしまうかも知れませんが、日本でもお盆には各地で「精霊流し」が行われていますし、少なくはなりましたが、何十年か前までは、日本の家庭のどこにでも、お祓いを済ませた「お札」が水まわりや火まわりに貼られていました。そんな精霊信仰を中心に生活が動いている社会は、少なくはなりましたが、世界各地に無数にある宗教の中で、今も細々と息づいています。近代文明国となった西欧社会においても、姿形を変えた精霊信仰という宗教文化が残っているのです。

 精霊を恐れ敬う原始宗教から始まって、高度な宗教思想を有するようになったメソポタミヤ文明における宗教の流れを、概略ですが辿ってみたいと思います。メソポタミヤに発生した宗教は、ローマ・ギリシャ世界に高度な宗教思想を送り込み、それは、精霊をも含めた世界の宗教形態の重要なサンプルとして、典型的な系譜を造り上げたと思われるからです。メソポタミヤには、ティグリスとユーフラテスの二大大河があり、古代バビロニヤ帝国は、その大河から運河を引いて農業を栄えさせ、先進国となったのです。二つの大河とそこから次々に延長された運河は、農業を主要産業としたバビロンやアッシリヤのニネベ、ペルシャなど多くの大都市帝国(都市国家ノモス)を栄えさせ、文明という概念を人類にもたらしました。農業はラテン語でアグリコラ(英語はアグリカルチャー)と言いますが、これが文明(カルチャー)の原点とされています。メソポタミヤに発生した人類最古の文明は、全世界にあらゆる面で影響を及ぼしました。

 さて、古代バビロニヤ(あるいはシュメール)に栄えた文明の一つに、マルドゥク主神や愛と美の女神・イシュタル女神の神殿を中心とする、豊穣信仰があります。このマルドゥク神は、カナンではバアル神と呼ばれ、ギリシャのゼウス、ローマのユピテルなどと結びつき、イシュタル女神は、ギリシャのアフロディテ、ローマのヴィーナスの原形とされています。豊穣信仰とは、実りをもたらす「土地神さま」を祀るもので、元来、それは像としての形を持たず、素朴な祠(ほこら)に祀られた石や木片などに象徴される精霊を、「われらの神」とする信仰が原則でした。恐らく、しばしば氾濫する両大河のほとりに小さな石を立てて精霊である神々に「怒りを静めて下さい」と祈った、素朴な形態が始まりだったのでしょう。バビロンに伝わる有名なギルガメシュの洪水伝説は、その痕跡を残しているようです。それが壮麗な神殿を持つほどになったのは、幾多の神々の争いを経て強力になった神が、弱小民族を従えて神々の頂上に躍り出たからに他なりません。古代エペソにあった「アルテミス神殿」に置かれていた巨大な「アルテミス女神」本体には、胸から腹にかけてたくさんの乳房があり、まるで乳房の女神のようです。エペソの人たちは、その神殿を「偉大なるかな。アルテミスは」と賛美していました。

 繰り返しますが、メソポタミヤに栄えたマルドゥク神やイシュタル女神の神殿は、土や川への祈りから出た、精霊への豊穣信仰を引き継いだものなのです。そこには、神殿巫女による売春がついて回りました。ペルシャ時代のことですが、マルドゥク神殿では、民の女性たちが、一生に一度、必ず神殿に入り、そこに参拝に来る男性と数刻をともにするという習慣があり、ほぼ義務化されていたようです。暗やみの中で行われるその性的交渉は、一度限りのもので、相手の顔も見ず、名前も知らないままに行われたようですから、きっと、神々への聖なる供物といった意識だったのでしょう。これは巫女売春の変形と言えます。男たちは(いや、その社会全体が)、そんな女性たちを通して、神々の恩恵にあずかっていたのでしょうか。その神聖な?営みはギリシャやローマにも伝わりましたが、たちまちその「神聖な」という部分が失われて、ただの欲望に変わっていきました。まるで、素朴な精霊信仰が、中身を失って、神殿崇拝という宗教に堕していった経過を見るようではありませんか。

 そんな土から生え出たような神殿を中心とする宗教形態が、やがて人々の生活空間を網羅し、形を変えて、新しい宗教が興ります。ゾロアスター教です。


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