福音と宗教

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Y、終章

3、福音と宗教

b、恵みの契約−3


 「恵み」ということに触れておきましょう。
 これは単純で、「絶対他者から代価なしに与えられる恩恵」という意味です。その意味では、諸宗教にも「恵み」があるではないか、我々も律法だけに偏っているわけではない、とする主張が聞こえて来るようです。その通りであって、自分に厳しく律する修業を課す宗教であっても、修業の先にあるものは、絶対他者による修業の認定と、それに見合う恩恵なのでしょう。諸宗教が担ぎ上げる絶対他者には、権威を守るために纏う絶対基準=律法とは別に、「恩恵」という衣が着せられ、それが教団の宗教色を形造っているようです。仏教徒たちがしばしば出家した僧侶に施しをすることも、在家信徒が仏の恩恵に与るためなのです。また、イスラムには、貧者に施しをする社会福祉とでも言えるシステムが、「〜しなければならない」という律法の姿をとって定められているそうです。ムスリムたちの戒律は、アッラーの恩恵を見据えているのでしょう。また、カルト教団のような新興宗教でさえ、しばしば教祖に絶対者を重ね合わせているのは、力を誇示すると同時に、絶対者だけが持つ恩恵付与を具現化しようとしているのかも知れません。その恩恵というのが、たとえばオーム真理教の麻原教祖が自らのホーリーネームをブッダ釈尊になぞらえて尊師と呼ばせ、解脱した尊師が人類を救済するのだと、絶対他者(教祖麻原)による恩恵が強調されるのは、教団の利益に絡めているようで、いかにも新興宗教らしいと思われます。

 それなら、なぜ「宗教は律法、福音は恩恵」と区別されなければならないのかを、考えなければなりません。「恩恵はキリスト教の専売特許ではない」とする、諸宗教の根本的問題に立ち入る必要があるでしょう。そもそも、恩恵を与える存在は絶対他者であって、教祖ではありません。教祖は、どんなにホーリーネームや小賢しい奇跡力で飾り立てても、所詮、死んで消滅してしまう人間でしかないのです。絶対他者は、死ぬことも消滅することもない「永遠の存在」なのですから。ところが、祭り上げた諸宗教の絶対他者は、仏像にしろ、神像にしろ、「永遠の存在」云々という以前に、物も言えず、動くことも出来ない、「死」にさえ到達し得ない、「いのちある存在」ではないのです。そこから引き出される結論は、「諸宗教の絶対他者は人間の想像から産み出された架空の神々である」と言っていいのではないでしょうか。実在しない架空の神々に、どうして恩恵を与える力があるでしょうか。自明のことではありませんか。

 それに比べますと、福音が与える恩恵は、実在する神さまから溢れ出て来るものなのです。「キリスト教は啓示の宗教である」と言われて来ました。キリスト教とか宗教という言い方には、宗教学上の慣例が顔を覗かせていますので、「福音は啓示の所産である」と、言い方を換えてもいいでしょう。啓示とは、神さまから出て来るものであって、その特別な形態は、「聖書」を指しています。その聖書の中に、神さまがご自分を「わたしは、『わたしはある』という者である」(出エジプト記3:14)とモーセに告げられた記事があります。これはbe動詞であって、存在を主張するものですが、その通り、聖書は人間の歴史から始めようとはせず、神さまの存在主張である天地創造の記事から始めているのです。さらにイエス・キリストの実在性は否定されず、その呼称は「人の子」であって、それは「地上を歩まれる神」であると、使徒ヨハネは福音書で明らかにしています。福音は、この「地上を歩まれた神・イエス・キリスト」の啓示に基づいて、組み上げられました。もっと明確に言うなら、イエス・キリストは啓示者ご自身であって、はるか遠くからもの申したのではなく、地上の私たちの中に、啓示者として住まわれたのです(ヨハネによる福音書一章参照)。

 パウロのことばを聞いて下さい。
 「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(ロマ6:23)
パウロは、人が律法を守ろうとするなら、それに違反する罪ばかりが膨らんでくるであろうと論じ、結果は神さまの裁きである「死(永遠の死)」である、と結論づけました。しかし、神さまの賜物は、イエス・キリストの十字架によって一切の罪を赦し、神さまの御国へと招いてくださるのだと、パウロは議論を展開しています。永遠のいのちとは、そのことを言っているのです。イエス・キリストがご自身を啓示者として示されたのは、ご自身の十字架とよみがえりによってでした。それはまさに、神さまの恵みではありませんか。難行苦行や精進などという宗教家の志す道とは、根本的に異なる道であるとお分かり頂けるでしょう。十字架とよみがえりのイエス・キリストをあなたの主として迎え、その主のもと(神の国)に憩い、永遠の安らぎを得て頂きたいと願います。

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