福音と宗教

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Y、終章

3、福音と宗教

b、恵みの契約−2


 宗教の必要にして不可欠な条件は、何だとお考えでしょうか。絶対者なのです。
 個性ある絶対者を祭り上げて〇〇教という宗教が成立し、その絶対者を信じ受け入れた信者を擁して〇〇教団が誕生します。その絶対者は、必ずしも神々とは限らず、教祖の場合もありますが、いづれにしても、絶対者の権威が必要なのでしょう。教団を擁せず、絶対者もいないとされる新宗教、占いやテレビ、インターネットといったメディアのことに触れましたが、そういった宗教らしからぬものにしても、踏み込んでいきますと、絶対者が浮かび上がっていました。

 この絶対者を擁するようになった経緯を、教団形成のところから、少し想像してみましょう。

 まず、自然環境から発生した、精霊崇拝を中心とする原始宗教からです。これは、自然界がもたらす脅威や恩恵への畏怖という、素朴な形で成立しました。各精霊には力の差こそありますが、一種の役割分担的なところがあって、主神とか補助神といった上下関係は希薄ですから、絶対者はまだ存在しませんが、シャーマンが絶対者の代理を務めていたようです。

 しかし、集落が大きくなっていきますと、原始宗教の汎神論的精霊信仰は、多神教に移行していきます。その辺りのことは、古代ローマ社会にも見られるものです。すでに原始宗教の項で触れたことですが、戦いなどで他部族を併合する時、その部族の「カミ」をも受け入れたため、そのように拡大した集落が、ある種の国家形態を取るようになるのは自然な流れだったのでしょう。村長(もしくは王)が自らの権威を誇示するために、祭司あるいはシャーマンとなり、集落そのものがひとつの〇〇教団を形成することとなります。古代社会における集落は、ほとんど例外なく、宗教的権威によって統制されていたと言っていいでしょう。古代ギリシャ都市と、その形態を引き継いだローマ都市の社会には、神々の世界が深く関わっていましたが、研究者によりますと、そこには、市民による神々の承認と、承認された神々の権威への市民の崇敬といった、人と神々との相互依存があったそうです。その関係、つまり、神々の力を纏った統治代理者=王や皇帝の権威は、服従を要求するとともに、市民たちに平和と安心を与える原動力でもあったのです。

 恐らく、そこに必要とされたのは、強力な主神=絶対者だったのでしょう。祭司あるいはシャーマンが村民(信者)に要求することは、絶対者の権威への服従です。その権威のために○○教団法を整備していくのは、至極当然なことでした。そして、そのルールは、当然、あらゆるところで○○教団の信者たちを縛ることになる。律法主義の誕生です。ときには彼らの信仰が問題視され、除籍などの刑罰が科されることとなりますが、教団が大きくなればなるほど、その傾向は強まって行くのです。ある意味で、宗教の成長は近代化を伴い、近代化は、教団がますます富と権力を取り込んでいくこととなり、しばしば悪魔化していくことになるのではないでしょうか。

 そして、創唱宗教についても、その発生当初から、教祖が絶対者であるか、あるいはみこしに担いだカミ(ホトケでも同じ)が絶対者であっても、教祖はシャーマンとして絶対者の代理人なのです。彼は村長や王として、教団の上に君臨することとなります。原始宗教の初期の部分を除けば、あとは同じ経過を辿り、カルト教団化して行くであろうことは、容易に想像できるでしょう。


 宗教というものが律法主義的傾向に陥っていく過程を、シミュレーションしてみました。
 おおまかですが、宗教というものは、教団が所属する信徒たちを統治していくために設定した諸規則によって、存続するようになります。宗教の本質は、根本的に、律法的なところにあると思われます。ところが、福音は律法をベースにしてはいないのです。福音の中心とするところは、「イエス・キリストの十字架(贖罪)による私たちの救い」であって、それは神さまの恵みに他なりません。「宗教は律法、福音は恵み」という、最も中心的な構図が浮かび上がってくるではありませんか。

 ここに、福音が指し示す唯一実在の絶対者、聖書が「全能者にして創造者」と証言する《神さま》が登場して来ますが、この神さまは、律法を強要して教団に君臨する、恐怖の絶対者ではありません。いや、ユダヤ人の歴史にも、そして、キリスト教の歴史にも、そんな時代がありました。ユダヤ人にとってそれは、王の時代後期とパリサイ派的ユダヤ教の時代、キリスト教にとってそれは、教皇を頂点とする司祭集団が民衆に君臨した、ヒエラルヒー時代のことです。それはまさに律法主義の時代で、神さまは恐れられる存在でしかありませんでした。しかし、16世紀に宗教改革を迎えますと、イエス・キリストの恵みという福音が、律法主義を排除するようになりました。もともと聖書には、神さまは「恵みの主」として啓示されていたという主張があったのです。

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