福音と宗教

76


Y、終章

3、福音と宗教

a. 関係の神学


 宗教のことを、あれこれと見てきました。もちろん、これだけでは、一部の教団等を覗き見しただけと言えるでしょう。しかし、その全容を解き明かすことは、不可能ではないかと思われます。一つの教団でも、信者によってその理解に違いがあるのですから……。きっと「宗教」は、人の数ほどあるのでしょう。宗教の解明を志すとき、現代宗教学は、社会科学や比較宗教、はては様式史研究まで織り交ぜながら、さまざまな手法を試みています。宗教の専門家でもないこの者が、手探りで、広い海原の砂を一粒一粒拾い上げるような作業をして来ましたが、それでも、宗教というものの共通部分、本質、その根っこのようなものに、少しでも踏み込むことが出来たのではないかと思います。しかしここでは、宗教を語ることだけを目的としていません。このシリーズの題名を「福音と宗教」としたように、語りたいことは、「福音」なのです。終章では、そのことを扱っていきたいと思いますが、この「福音と宗教」を鏡に、私たちの立ち方を投影出来ればと願っています。

 旧約聖書の箴言に、「彼らはまっすぐな道を捨て、やみの道に歩み、悪を行なうことを喜び、悪いねじれごとを楽しむ。彼らの道は曲がり、その道筋は曲がりくねっている」(2:13-14)とあります。この箴言の記者たちは、その時代の人たちの生き方から神さまを恐れる知恵(敬虔)が失われ、それがこんな時代を造り上げてしまった、と感じているようです。その時代の人たちがまっすぐだと思っていた道は、実は、「曲がりくねっている」と言われたのです。それは、現代の私たちの姿でもあるのではないでしょうか。しかも、その曲がりくねったねじれは、ものすごい勢いで加速しています。この「福音と宗教」が、そんな現代に一石を投じることが出来ればと願っています。

 最近、「宗教のゆくえ」(岩波書店/鶴岡賀雄)とか「伝統の継承と革新」(同/佐藤研)といった、宗教の再構築を提案する人たちが現われ始めています。まだ手探りのようですが、社会に不安要素が多くなり、希望の材料を、宗教に求め始めたということでしょうか。人間社会にとって、宗教の重要性が増しているという理解なのでしょう。そういった提案の中に、「霊性」ということばが浮上しています。「それは、脱宗教ではないのか。霊性ということばが宗教を何らかの形で引き継ごうとしているのか。広い範囲でこのことばが用いられるようになって来ている。今や、宗教ではなく、霊性こそが大切なのだといった主張がはめこまれていることが多い」と、まだ疑問形ですが、一種の神秘主義への移行が、一部宗教に見られるようです。きっと、素朴な原始宗教から、より近代的文化体系へと向かった宗教が、宗教以外の衣をまとい過ぎて、宗教本来の霊性を失ってしまったという見方が膨らんで来ているのでしょう。この「霊性」ということばが何を指すのか、残念ながら曖昧ですが、「スピリチュアリティー、又は霊性」と言われますので、西欧文化圏における感覚での霊性、それは伝統的にキリスト教を意味している場合が多いのですが、もしかしたらそこには、キリスト教的な「信仰」が意識されているのかも知れません。
 「福音」への接近が始まっているのか、とも想像されます。

宗教が「福音」に接近している……ということは、別に新しいことではなく、昔からあったことです。それは、時には「キリスト教」という形ある部分の借用であったり、教義内容の借用であったりと様々ですが、キリスト教も、時代時代に、他宗教の諸要素をたくさん取り入れて来ましたから、諸宗教が混合していくのは、近代化の過程で通常の姿であろうと思われます。しかし、「霊性」といった宗教本来の根本内容になりますと、今更、原始宗教時代の素朴な精霊信仰に戻ることも出来ず、模索した結果、「福音」への接近になった、ということなのかも知れません。「福音」には、それだけ濃い内容があると知られているのでしょうか。関根正雄の「イスラエル宗教文化史」(岩波全書)に、「宗教とは神と人とを結ぶものであり、従って、神と人との関係をいう」とありましたが、その見解がたとえ一面的であったとしても、神さまと人を結ぶ「福音」は、それがイエスさまであると語っているのです。欧米のキリスト教神学では、スピリチュアリティーは、人がイエスさまのその部分に踏み入って行くキイワードのようですから、今はまだ表面的に、人の霊性が神に行き着く手段と考えられているのかも知れません。しかし、「神」とは何を指し、我々はどこに行き着こうとしているのか、その辺りまで視野に入っているのだろうかと、疑問が生じます。

 人文書院から出された「スピリチュアリティの現在」(湯浅泰雄)には、「関係の神学」ということで、西欧的なものから日本的なものへの異文化コンテクストでの再構築が提唱されていました。


Back Index Next