福音と宗教

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X、新しい宗教

3、霊能・霊媒−2

 次に、霊媒の代表、青森県下北半島恐山を拠点とする、イタコを紹介しましょう。
イタコと言われる人々は、津軽や南部地方から恐山にやって来るようですが、何故か、盲目・半盲目になってしまった女の子が多いようです。貧しい中で育ち、生活の糧のために、先輩を頼って弟子入りして来るのでしょうか。厳しく辛い修行を積んでイタコの能力を身につけ、やがて独立します。霊媒と聞きますと、生まれつき備わった能力のように思われますが、何故か彼女たちは、修行によってその能力を習得しているようです。霊媒者としてのノウハウがあるのでしょうか。

 霊媒・イタコは、”口寄せ”により、先祖の霊や死んでしまった友人、知人、肉親など、死者の世界とこの世に生きる人の仲立ちとなって、亡くなった人の意志を伝達します。いわゆる「仏降ろし」と呼ばれるものですが、これが彼女たちの表看板と思われます。他にも、彼女たちには、「神降ろし」と言われる働きがあるようです。それは、神々の言葉や意志を語って、物事の吉兆、善悪の判断、安全祈願、病気回復など、人々の悩み事の相談に乗り、解決の手助けをするという、占いに相当するものでしょうか。そのため、彼女たちは、「神様」とも呼ばれています。これは、死者あるいは音信不通になった人との縁が忘れられず、時々思い出して供養に訪れる、そういった人々の気持ちを汲み取り、話を聞くことで、心を和らげる……、コールド・リーディングに当たるかと思われます。それがイタコ本来の姿なのでしょう。しかし彼女たちは、霊能者と霊媒者の能力双方を合わせ持っています。修行が必要なのは、そういった面の訓練なのかも知れません。日本各地には他にも、市子、沖縄のユタなど、イタコに類した人たちがいるようです。

 口寄せとは、死霊、生霊、神仏などの霊体を自分の体に乗り移らせ(憑依)、霊の代わりにその言葉を語る、または、それを行う人のことです。恐山のイタコ(70歳前後?)に口寄せしてもらった様子を、(インターネットの掲載から)要約しながら紹介しましょう。「今日は誰を呼び出したいのか?」「父です」「名前は?」「長三郎です」「いくつで亡くなったのか?」「21年前の4月に、78歳で亡くなりました」「あなたはいくつか?」「41歳です」「ほかに兄弟はいるのか?」「ひとりっ子です」「結婚はしているか?」「独身です」「お母さんは元気か?」「元気です」 こんな会話の後、おもむろに数珠をこすり合わせると、霊が降りてきたらしく、おごそかな調子で話し始めました。

 「遠路はるばるよく来てくれた。こっちは元気でやっているから心配するな。遠く離れたところにいても、お前たちのことは気にかけている。お前もずいぶん立派になったようだが、まだ嫁が来ないのは少し心配だ。そろそろ結婚して母さんを安心させてやるがいい。母さんも今は元気だろうが、やはり年なのだからいたわってやるがいい。今年の秋くらいに、何かいいことがある。来年の春に少しよくないことがある。心するように。何はともあれ、遠いところよく来てくれた。久しぶりに話が出来て嬉しかったぞ。では達者でな…」 そう言って、霊は帰ってしまったそうです。

 「話は完全に一方通行で、私が呼びかけたい気持ちは無視され、会話は一切出来ません。少なくとも今回、実際に父の霊が降りてきたという感覚は、全く感じることはできませんでした。父は結婚の遅れをとがめたりするような世間的な価値観は持っていませんでしたし、母のことを『母さん』という呼称で呼んだことはただの一度もなかったのに……」これは、その時、彼女から口寄せしてもらった男性の話です。そのように聞きますと、クライアントから聞き出した情報をもとに、コールド・リーディングを加えながら、言葉をつないでいただけではなかったかと感じられてなりません。しかし、こういったビジネスは、インチキとか悪質商法というものではなく、ある種のエンターテインメントビジネス・夢を売る仕事と考えた方がいいのかも知れません。愛する人を亡くした悲しみとは、深く大きいものです。ですから、大事な人と、たとえ言葉の上でも再会できたとしたら、その感激はひとしおでしょう。イタコは、そういった人々の心に空いた空洞を、一時でも埋めてくれる癒やし手であり、ある種のカウンセラーであると思われます。イタコを訪ねる人々にとって、亡くなった人に再び会えたと感じられることは、ひとときの幸福であり、救済なのでしょう。そういう気分に浸らせてもらえれば、本物かニセモノかは大した問題ではないのでしょう。しかし、そんなイタコも、だんだんと少なくなっているようです。やがて消えていくのでしょう。生き残るのは、悪質なインチキ霊能者ばかりなのかも知れません。


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