福音と宗教

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X、新しい宗教

1、カルト教団

e、オーム真理教


 仏教系カルト教団の代表格には創価学会や立正交成会などがありますが、「日本人の宗教」の項で取り上げましたので、もう一つの代表格、地下鉄サリン事件など数々の問題を引き起こし、これこそまさにカルト教団であると世に知られた、オーム真理教(現アーレフ)を見ていきましょう。

 教団名はインド宗教のオームから取られたもので、教団によれば、宇宙の創造A、維持U、破壊Mを合わせたAUMは、「無常」を意味するのだそうです。そこから、オウム真理教とは「無常を超える真理の教え」という意味であると、なかなか立派な説明がされています。これは、教祖・麻原彰晃が、昭和59年に東京の渋谷にヨガ道場「オウム神仙の会」を設立したことに始まり、やがてそれがヨガを修行の中心とした、宗教教団「オウム真理教」になりました。

 少しだけ、教団の中心教義について触れていきましょう。
 崇拝する最高の神はシヴァ神です。この神名はヒンズー教で知られるシヴァ神と同名ですが、キリスト教の神や仏教の大日如来のイメージも取り入れ、シヴァ神を世界唯一の最高神としています。教祖は、このシヴァ神から、超能力を得た民による理想世界「シャンバラ王国」を築くよう命じられ、教団で修行し悟りを得た解脱者をその民とし、麻原教祖は日本で唯一の最終解脱者なのだそうです。いづれの宗教教団も救済という究極目的を必要条件としていますが、この教団も解脱は救済のための絶対条件です。つまり、解脱者だけが自己救済を手に入れ、また他者の救済のために取りなすことが出来るのです。この「救済」は、当初「個人の魂の救済」でしたが、聖書からハルマゲドンという終末思想を取り込んだことにより、「人類の救済」へと変わっていきました。それは、ハルマゲドンの危機にある全人類を、オウム真理教の教えによって救うというものです。しかし、それもやがて、「選ばれた者・教団道場で修業を積み最終解脱を願う者たち」の生き残りへと変化していくのですが……。大乗仏教によれば、自分の解脱を願う修業は小乗であり、他者の救済を願う修業は大乗ということになりますが、この教団では、信者が懸命に大乗の修業をしても、最終解脱はなかなかできません。ついに、最終解脱が出来るという「金剛乗」を持ち出してきました。それによれば、魂の救済のためであるなら、殺人も善なのです。ポアという考え方です。ポアは魂を高い世界へ移し変えることですが、金剛乗に立脚した死の世界への移し変えもまた、ポアなのです。それを立派なポアと是認した教祖は、地下鉄サリン事件など残虐な殺人行為を、最終解脱を望む者の信仰行為として信者に強要したのではないでしょうか。解脱、悟りと言い換えたほうが分かりやすいかも知れませんが、この教団の解脱は、仏教で言う悟りとは違うようです。仏教で悟りは、禅などの修業で煩悩を克服し、完全に自我が静寂になる涅槃の実現を指していますが、麻原教祖は、ヨガを取り入れることによってある種の神秘体験をさせ、それを最終解脱と言っていたようです。

 彼個人の神秘体験(幻覚体験?)ならそれを否定することは出来ませんし、「解脱した」と言っても問題はありません。しかし、教団を抱え、教団利益の拡大という彼の欲望が先行し始める(その欲望が教団を作ったと言えなくもない)と、人類救済に走ったり、キリスト教の終末観を取り入れたりと模索を繰り返す中で、最終解脱を目指し懸命に修業している信者たちにいくばくかの神秘体験をさせなければならないと、LSDなどの薬物を使用させて幻覚症状を起こさせ、解脱に一歩近づいたとして教祖認定を与えるという、宗教者にあるまじき暴挙に走ってしまいます。そして、これも教祖の自己主張の一つと言えるでしょうが、教団への世間の風当たりが強くなると、信じない者と自分たちに都合の悪い者を抹殺するという、最悪な「自我主張」をするようになります。神秘体験というものは多少とも自我の延長上にあるものですが、麻原教祖はそこに欲望を絡め、仏教本来の解脱・悟りとは全く異質の世界に足を踏み入れてしまったようです。

 この教団にはまだまだ奇妙な教義があるようですが、もう一つのいかにもカルト教団らしい特徴に触れておきましょう。それは、信者がホーリーネームを持っていることです。

 これは、教団内の個人名で、出家修行が一定レベルに達したとき、教祖が命名するものですが、極めて名誉なこととされています。これは、サンスクリット語をもじった言葉で、片仮名で表記され、教祖の妻・松本知子には、マハーマーヤ(釈尊の母の名)、後にヤソーダラ(釈尊の出家前の妻の名)に改称、かの「科学技術省」のトップであった故村井氏にはマンジュシュリー・ミトラ(文珠菩薩)、逮捕された「諜報省」幹部の井上嘉浩にはアーナンダ(阿難尊者)、オーム真理教からアーレフに代わった教団の代表・上祐史浩にはマイトレーヤ(弥勒菩薩)というホーリーネームが与えられています。ちなみに麻原教祖は、自分をブッダ釈尊になぞらえ、尊師と呼ばせていますが、授与するホーリーネームに崇拝対象である菩薩名や尊崇する祖師名をつけるなど、およそ仏教徒らしからぬ不遜さが目立ちます。しかも、このホーリーネームには、修行のステージとして、尊師、正大師、正悟師、師長、師、沙門……と位階を定め、論功行賞の機能を持たせています。すでに見たいくつかのカルト教団と同じく、小賢しい知恵を振り回す、教祖の独裁が機能するシステムと言えましょう。


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