福音と宗教

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W、日本人の宗教

3、日本のキリスト教(4)

b、プロテスタント史−3

 熊本バンド:熊本藩は、中央政権を独占した薩長両藩に追いつくべく、県の英才教育機関として、熊本洋学校を開校します。開校に尽力した横井大平(幕末の政治家で思想家・横井小楠の甥)は、長崎の宣教師フルベッキの紹介で、校長として南北戦争に従軍した北軍将校L.L.ジェーンズを推薦し、ジェーンズ大尉は、明治4年、妻と幼い子ども二人を伴って熊本に赴任して来ました。34歳の理想に燃える、優れた教育家でした。

 ジェーンズ大尉は熱心なクリスチャンでしたが、まず教育に専念しました。その教育は、立身出世に偏りがちな生徒たちに、実学の大切さを教え、質素な市民社会的な、職業倫理を説くものでした。しかし、赴任後3年目に自宅を開放し、聖書を講じ始めます。出席者は次第に増え、日曜礼拝まで行うようになります。明治9年、有志生徒35名は郊外の花岡山に登り、そこで「奉教趣意書」を読み上げ、信仰誓約の署名を行ないました。宮川経輝、金森通倫、海老名弾正、横井時雄といった、後世の優れた教育家や指導者たちが名を連ねています。熊本バンドの誕生です。しかし、この熊本バンドは、学生たちがキリシタン(当時そう受け止められていた)になったことが問題となり、ジェーンズはわずか5年で学校を追われ、洋学校そのものも閉鎖に追い込まれました。ジェーンズは、35名行く末宇を心配し、当時、米国留学を終え、京都に組合系学校・同志社を創設(明治8年)したばかりの新島襄に彼らを託し、熊本を去りました。以後、同志社が、熊本バンドの伝統を引き継ぐことになります。その伝統は、実学であり、人に仕えるという、信仰者の基本姿勢を大切にするものでした。そこから多くの伝道者や実業家が育ったのは、その伝統が生きている証しでしょう。同志社大学・神学部は、その伝統のもとで創設されましたが、現代は次第に縮小され、神学部そのものの存続まで問題にされているのは、寂しく悲しいことです。

 札幌バンド:1876(明治9)年、北海道開拓のために設立された札幌農学校(現北海道大学)に、初代校長として、米国マサチューセッツ州立農科大学学長ウイリアム・クラーク博士が招聘されました。彼は1年間の休暇をとって、その招聘を受諾したと伝えられます。在職わずか8ヶ月ですが、札幌を去る時、後を慕った生徒たちに言い残した「ボーイズ・ビー・アンビシャス(青年よ大志を抱け)」はあまりにも有名です。クラークは、北海道に渡る玄武丸の船中で、自分を招聘した開拓使長官・黒田清輝に、学校で聖書を教えることを強く訴え、初めは反対していた長官も、ついに折れたと聞いています。聖書がクラークの教育理念だったのでしょう。彼は米国伝統のピューリタン信仰に立つ、敬虔なクリスチャンでした。着任するとすぐに聖書を修身と文学の教科書と定め、毎朝授業の始まる前に聖書を教え、校則を「ビー・ジェントルマン(紳士たれ)」の一条のみとして、人格教育に全力を注ぎました。彼は来日直後、米国聖書会社を訪れ、英語聖書50冊を求めてトランクに詰め込み、札幌に向かったそうですから、聖書を教えることに並々ならぬ決意をもって、赴任したのでしょう。

 クラークは札幌を去る前、「イエスを信ずる者の誓約」を学生に提示、聖書教育を受けた一期生全員がこれに署名し、そして、クラークが去った後に誓約に加わった内村鑑三と新渡戸稲造などの二期生を合わせ、札幌バンドが始まりました。それはクラーク博士の、終生の誇りだったようです。

 臨終を迎えた時のクラークの言葉がありますので、紹介しましょう。「今、自分の一生を回想するに、誇るに足るような事は何もなかった。ただ、日本・札幌において数ヶ月間日本の青年に聖書を教えたことを思うと、いささか心を安んずるに足る」 そんなにも熱い思いをもって教えられたから、学生たちはその信仰を継承していったのでしょう。

 しかし残念なことに、「耶蘇信徒の誓約」に署名した者の半数は、後になって信仰から離れますが、半数は教えを堅く守り、明治14年、外国の教派とは関係しない、札幌独立教会(現・クラーク記念教会)を設立します。寄宿舎で学生のみの礼拝を守っていたことが、そのような実を結んていったのでしょう。教派によらない独立教会形成には、札幌バンドの特徴が良く現れているようです。初代牧師・大島正健が、按手礼を受けないまま聖礼典(洗礼、聖餐)を執行していると諸教会から非難を浴びた時、新島襄が中に立ち、いずれの教派にも属さないとの約束で、植村正久、井深梶之助、小崎弘道等、各派を代表する人たちが立ち会い、大島牧師に按手礼を授けたなど、まさに独立心旺盛な気風が感じられます。そしてそれは、学生たちが卒業後、群れをなさずにいろいろな分野に進出し、優れた業績を残したことにも現われているようです。


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