福音と宗教

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W、日本人の宗教

2、仏教(4

h、江戸時代の仏教

 家康は熱心な浄土真宗信者として知られています。しかし、本願寺の勢力が増大し過ぎないよう、浄土真宗の東西2分割を図り、キリスト教に接近して仏教寺院勢力を牽制するなど、仏教には少々逆風気味な流れが推移しました。しかし、それも束の間、岡本大八事件(キリシタンが絡んだ贈賄事件)を期に、キリシタン禁教令(1614)を発布し、仏教寺院を軸とする政策へと転身していきます。

 幕府が考えた寺院活用の政策は、檀家制度を設けることでした。人々は必ずどこかの寺院に登録、所属するという制度です。寺院が発行する証明書がなければ、市民生活はできません。発行を拒否されることは、社会的抹殺を意味していました。この制度は非常に細かな規定を伴っています。

 その一つに、仏教寺院による全国民の死の管理があります。僧侶には、檀徒の死を見届け、それが檀徒に間違いないと確認することが義務づけられました。それは、葬儀の際に所属する寺院の指図を受け、必ず僧侶を呼んで、葬儀を仕切ってもらわねばならなくなったことを意味します。僧侶を呼ばなければ、キリシタンの疑いをかけられ、極刑に処される恐れすらあったのです。現代の日本仏教が仏教本来の求道心を失い、葬儀屋宗教になっていったのは、ここから始まったと言っていいでしょう。また幕府は、仏教寺院各派が他派を誹謗したり、法論を仕掛けて檀徒を自派に引き入れようとすることを厳しく禁止しました。そのため布教の道を閉ざされた仏教各派は、信徒をつなぎとめ、寺院を維持するために、葬儀の執行、年忌法要と塔婆供養の奨励、盆と彼岸の墓参りの徹底などを行うようになりました。もともとそういった仏教行事は、インド仏教にはなく、中国で誕生したものですが、その傾向を一層拡大していったのが、この時代の日本仏教の特徴と言えましょう。そして僧侶は、法要のたびに信徒から供養を受け、裕福になっていったのです。いつしか、貧しい民家をしり目に、豪華広壮な寺院が、新しい貴族階級の館として立ち並ぶようになりました。つまり、為政者たちは、仏教寺院を味方につけ、民衆から搾り取るシステム作りに成功したのです。

幕府の反キリシタン政策が、仏教を利用することで、全国民総檀家という仏教徒にされたのですが、その制度は寺院・僧侶の貴族化となり、民衆の反発を買うことになりました。江戸時代の著しい特徴である、神仏混合や明治以後に起こった廃仏毀釈は確かに政府主導でしたが、その兆しは、民衆から分離した、江戸仏教そのものの内部にあったと見て差し支えないでしょう。江戸時代の仏教は、民衆とともに苦しみうめきながら彼らのいのちに配慮する、宗教本来の使命を放棄してしまったと言わざるを得ません。その主たる原因に、仏教寺院が、広大な土地と豪華な建物に象徴される、「富」を手に入れたことが挙げられます。僧侶たちは宗教者というより寺院や教団の経営者となり、或いは、幕政に参与した天海や崇伝や隆光など、世的な権威をを目指す者まで出現しています。彼らはその権威を示すためか、絢爛たる袈裟をまとって民衆の前に出てきました。そんな仏教界の風潮が、現代にまで続いています。もっとも、そんな虚仮威しにすぎない、猿芝居がかった僧侶たちばかりではなく、良寛和尚や沢庵禅師など、民衆とともに歩んだ沢山の優れた人たちも出ています。しかし、そういった人たちはほんの一握りで、仏教衰退の流れに歯止めをかけることは出来ませんでした。日本人の神なしとする宗教意識に、根本的問題があるのかも知れません。


i、明治以降の仏教


 
明治時代を担う政権は、国学を重視する旧長州藩出身者により形成されました。明治政府が採った宗教政策は、欧米への対抗意識からか、神道を中心に据える国家主義が見え隠れするものでした。その結果、全国で廃仏毀釈が行われ、寺院数が著しく減少していきます。また、明治4年に明治政府は太政官達を出し、虚無僧が在籍する普化宗を廃止するなど、仏教宗派への締め付けが厳しく、各宗派はやむなく近代化を推し進めることになりました。宗門大学設立等の教育活動、社会福祉活動に進出するなどです。しかし、廃仏毀釈の後遺症は大きく、廃寺となる寺院が続出、政府はそれを国家財産に組み入れることを狙っていたのでしょうか。

 近代政府は、江戸末期から明治にかけて、太政官布達や神仏判然令もしくは神仏分離令といった、断片的法令を出しながら宗教管理をしてきましたが、昭和14年に〈宗教団体法〉が最初の統一法案として上程され、国家神道体制が確立していきます。これによって神社は非宗教とされ、国家の手厚い保護を受けますが、逆に一般の宗教団体は法人となったにもかかわらず、国家の厳しい監督・統制を受けることになりました。この宗教団体法は、第二次大戦後、昭和20年〈宗教法人令〉が制定・施行されることで解消され、神社が一宗教法人へと転落すると同時に、神社以外の宗教団体への規制が撤廃されます。しかし、今の〈宗教法人法〉(昭和26年発布施行、同時に宗教法人令廃止)は、申請に基づく認証制ですから、仏教寺院のかつての特権は、完全に消滅したと言えるでしょう。ただ、広大な敷地や建造物はそのまま引き継がれていますから、日本諸宗教の中で仏教は、神社とともに、依然、大きな地位を保っていると言わざるを得ません。


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