福音と宗教



T 失われた宗教

 古代バビロニヤ・アッシリヤの宗教(1)

 古代バビロニヤとアッシリヤの宗教です。バビロニヤとアッシリヤをひとまとめにするのには少し抵抗がありますが、「失われた宗教」に時間をかけ過ぎないために、やむを得ません。まず、肥沃のデルタ地帯メソポタミヤに栄えた古代王国社会を概括してみましょう。

 その文明は、前4千年紀後半にチグリス・ユーフラテス両河地域南部に定住し、灌漑農耕と牧畜を基礎に都市国家を発達させたシュメール人に始まります。シュメールの都市国家は、都市神を頂点とする神殿を持ち、経済活動までも神殿を中心に営まれていたそうです。とくに文字の使用(絵文字→楔形文字)は、彼らの精神活動を飛躍的に高めることになりました。前2千年前後まで続くこのシュメール文明は、まだ良く知られていないところが多いのですが、セム人に引き継がれていきます。セム人の王国は、南にバビロニヤ、北にアッシリヤと、それぞれ王朝の交替や盛衰を重ねながら、メソポタミヤの政治、経済、文化の中心であり続けました。アブラハムが出た「カルデヤのウル」は古バビロニヤの都市群の一つですし、北イスラエル王国を滅亡に追い込んだのはアッシリヤ、そして「バビロン捕囚」に名が出てくるのは、前6世紀後半にその地の覇権を握った新バビロニヤ帝国です。いづれも聖書の歴史に深く関わっています。以後、ペルシャ王朝が栄えますが、どの時代にも神々が主導権を握り、宗教が重要な役割を果たしてきたようです。

 バビロニヤやアッシリヤが歴史舞台に登場して来た時、彼らはシュメール人から引き継いだ1500以上もの神々を崇拝していたと言われますが、中でも最高位を占める代表的な神々を上げますと、天空神アヌ(シュメール名はアン)、中空神エンリル(エンリル)、地神エア(エンキ)の三神ですが、これは当時の世界像を象徴的に表していると言えましょう。天空神アヌは、世界の行方を定める天上の神々の会議の主宰者、世界の主権者(アヌの王冠)とも言える最高神です。最も根本的な世界の方向性は彼によって決まると言っても差し支えありません。中空神エンリルは「神々の王」と呼ばれ、現実に空から地上に働きかける力の神です。彼は、人類を滅ぼすべく地上に大洪水を送りました。彼は災いの神であり、同時に秩序保全の神だったようです。そして地神エアは、常に人間の側に立ち、生命を守り、知恵を司る神として知られます。大洪水から人類を救ったのもこのエアでした。

 こう見てきますと、聖書にあるノアの洪水物語との関わりが感じられます。洪水伝説は世界各地に見られますが、恐らく、その事実があったから、それが各地の神話になったと思われます。アヌにしてもエンリルやエアにしても、聖書の神さまヤーヴェのある部分が、時々の国主の要望に応じて少しずつ変形しながらも、その基本形態を形成していったのではないでしょうか。

 さらに、この代表的な三神の他にも、有力な神々がバビロニヤ・アッシリヤを支配していました。その神々のうち、主要な三神や他の神々を凌駕して国家主神となっていった神々を紹介しましょう。バビロニヤのマルドゥクとアッシリヤのアッシュルです。都市バビロンに主神殿を持つマルドゥクは、前2千年紀後半からバビロニヤの国家守護神として他の神々を凌駕し、パンテオン(万神殿)の実質的な最高神となっていました。他の神々も否定されずに存続してはいるのですが、マルドゥクの勢力が強力だったので、その影が薄くなっていたと言えましょう。やがてマルドゥクは、その神々の属性や機能を自己のうちに吸収することによって、一神教的な性格を帯びてきます。アッシュルは、もともと都市神だったのですが、その都市・アッシュルの勢力拡大に伴って威信を強め、やがて、バビロニヤを滅ぼした頃から、アッシリヤの国家主神として神々の上に君臨するようになりました。アッシリヤがバビロニヤを滅ぼしたように、神々の世界でも、アッシュルがマルドゥクを殺害しています。そして、その機能や権能をアッシュルが引き継いでいくのです。

 しかし、それほどの両神を有したバビロニヤ・アッシリヤも、イスラエルのような超越的一神教にはなりませんでした。彼らは結局、衰亡していくそれぞれの国家を基盤とし、滅亡の運命をともにしました。人間の権力が、形を変えてマルドゥクやアッシュルになったからでしょう。


Back Index Next