福音と宗教

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V 民族宗教

1、ユダヤ教(5)

c. 放浪の民として−3


 ユダヤ人への迫害は、まず宗教界から始まりました。その主役はキリスト教でしたが、次に彼らの財力、つまりユダヤ商人に対する反感からの迫害へと原因が移っていきます。

 次ぎに迫害の主原因となるのは民族主義ですが、それは、西欧が民族国家を打ち立て始めた19世紀から20世紀にかけての時代を背景にしています。同一民族、同一宗教、同一言語を統一国家の基本とした西欧諸国は、経済的にも軍事的にも力を蓄え、やがて他国への侵略や植民地支配に突っ走ることになるのですが、その陰に隠れた少数民族や立ち後れた民族の問題が、第一次世界大戦や第二次世界大戦を引き起こしたと言ってもいいでしょう。そのような民族国家形成の最中、ユダヤ人は異様な団結力を持ち、国家内国家とでも言える特別な社会を作り上げていたのです。しかも同一宗教という点で、彼らユダヤ人は、決して妥協することのない自分たちの宗教を抱えていましたから、民族主義国家を目指す人たちの目障りになったことはいうまでもありません。第二次大戦中、神国日本にとって、キリスト教が目障りだったこととも符合するでしょう。19-20世紀にユダヤ人迫害が熾烈になり、ついに彼らの、自分たちの居場所・国家創設を夢見た、シオニズム運動がおこります。

 1880年代に始まるこのシオニズム運動に火をつけたのは、オーストリアのユダヤ人で、ウイーン在住の新聞記者をしていたテオドール・ヘルツルですが、その運動が実って、パレスチナにイスラエル共和国が独立・誕生したのは、つい近年1948年のことです。ついに彼らユダヤ人は、その長い放浪の歴史にピリオッドを打ったのです。しかし、彼らがパレスチナに自分たちの国を再興したからと言って、世界中のユダヤ人がそこに帰還したわけではありません。むしろ、パレスチナのユダヤ人よりも他国に寄留しているユダヤ人のほうがずっと多いのです。その人たちが、ユダヤ人として堅い絆で結ばれている。彼らは、血ではなく、ユダヤ教という絆で結ばれているのです。

 世界各地にユダヤ人のブロックがあって、一つのブロックから他のブッロクに移っても、推薦状がまわっていくと、それだけでファミリーとして迎え入れてもらえる、と聞いたことがあります。また、彼らが最も大切にする過ぎ越しの祭りは、満月を観測して、ユダヤ歴によるその日時が慎重に決定され、連絡を受けて世界中のユダヤ人が同じ日時にその祭りを祝うとも聞きました。


d. 展望

 ユダヤ教については、もう少し触れておかなければならないことがあります。
 一つはアシュケナージと呼ばれる、白人系ユダヤ人の存在です。彼らはもともとカスピ海付近にあった、トルコ系白人のハザール汗国という王国の末裔だそうです。7世紀末ころ、強大なキリスト教国とイスラム教国に挟まれて苦境に立たされた時、こともあろうに王は、約100万人の国民全員をユダヤ教に改宗させてしまったというのです。やがて彼らは国を失いますが、以後彼らはユダヤ人として生き続けました。今に存続しているユダヤ人の多くがユダヤ教への改宗者で、そのアシュケナージが現在のイスラエル共和国をリードしているのであろうと、そんな推測もあるのです。これにはもちろん異論もあるのですが、興味を惹くところです。

 そして、今の時代にユダヤ教が果たすであろう役割も忘れてはなりません。一つは彼らが、ヘレニズムとともに、現代に続く文化の二大潮流ヘブライズムの担い手だったということです。現代文化が混沌として来た中で、ヘブライ文化を読み解くことは、この先極めて重要な案件となって来るでしょう。そしてもう一つは、終末に向けて、彼らが重要なタイムテーブルを担っているということです。そのタイムテーブルの中で、イスラエルという国が再建されました。終末への案件が一つクリアされたのです。しかし、まだ実現していないタイムテーブルに、エルサレム神殿の再建があります。彼らはそのことに全く触れようとはしていませんが、熱望していることでしょう。その場所には、今、イスラム教のモスク「岩のドーム」が建っています。そこはイスラム教の特別な聖地なのです。最近の宗教右派の台頭が、不気味に思われてなりません。


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