福音と宗教


T 失われた宗教

1 古代エジプトの宗教(2)

 古代エジプトはあまりにも長い歴史を辿ったため、いつしか神々は統合され、力の強い神々が優位に立ってその全容が変化したり、また、別の神々が台頭してその混合が行われたりと、古代エジプトの宗教をこれこれだと単純に包括することは出来ませんが、おおよそ、以下のような推移を辿ったものと思われます。

 a.純粋な動物崇拝、b.人身獣首の神々崇拝、c.人間神の台頭(オシリス神など)、d.宇宙神(ラー系)崇拝、e.抽象神崇拝(たとえば正義の神マート)、f.外来神信仰

 最初の動物崇拝は、恐らく、統一王国以前に争っていた多くの小部族の名残かと思われますが、ホルス(鷹)信仰やウト(コブラ)信仰など、その宗教の一つの特徴はトーテミズムです。これは、ある種の動物を神聖なものとして祭るもので、たとえば、インドの聖牛など、現代も世界中のいろいろな民族に見られるものですが、古代エジプトでは神々のほとんどが動物の頭部で表わされており、ミイラの棺に施された装飾や、王が纏っている頭部の飾りにも動物が象られています。彼らのトーテムは、もはや神々の化身そのものになっていたのでしょうか。

 エジプトの神々は、古くは女神優位だったようです。それは古代エジプトが女性優位の農耕社会だったことを物語っています。ところが、統一王国時代になりますと、男神優位の社会に変わってきます。古王国時代あたりから強国となって、戦いに出ていく男性が強い発言権を得るようになってきたのでしょう。その代表的な男神にラーがいます。これは太陽神で、御座船に乗って、昼は天上を夜は地下の世界を巡ると考えられています。ピラミッドにはその御座船が一緒に埋葬されていますが、ラーの化身である王が乗るためのものです。王は王であると同時にラーの最高祭司でした。そして、同時に神自身でもあったわけです。彼はファラオと呼ばれますが、それは「大きな家」「神の家」を意味し、その王とともに古代エジプトの宗教も変化していきました。

 少し時代が下りますと、新来のアモン神が勢力を伸ばし、突出した権力と財力を手中にします。そのあまりにも大きくなりすぎたアモン支配に、やがて否を唱える王が現われました。アメン・ホテップ4世です。彼はアモンの祭司エイエの教育を受けましたが、いつの頃からか、愛と平和の神アトンを崇拝するようになり、名前もイクナトンと改めてその宗教心が高じていきます。そして、アモンの神殿を破壊。アトンの都(現在のアマルナ)を建設してアモンの都テーベからの遷都を決行したばかりか、アトンのみを唯一の神として他の神々への信仰も禁じるなど、常軌を逸した政策を施行していきました。アトンとは彼の心に浮かんだ抽象神ですが、少し前に、モーセによるイスラエル人のエジプト退去の事件がありましたから、もしかしたら、唯一神信仰というエジプトでは考えられない彼の宗教心は、その辺りに起因するのではないかと密かに想像しています。

 彼の狂気じみた宗教心は、アモン神への反発以上に民衆の受け入れられないものとなり、アトンの新都に移った者たちは、ほんの少数の廷臣たちだけだったようです。彼の死とともにアマルナ革命は挫折し、またアモンがエジプトの主神として復活するなど、神々の権力闘争が繰り返されていきます。

 古代エジプトでは、宗教が王に具現化されて権力闘争の道具にされたり、人間の思惑の中で生まれながらいつの間にか人間の手を離れて独立し、却って宗教が人間を支配するようになっていくなど、その動きは、現代の宗教にも通じるのではないかと思われてなりません。その意味で、決して「失われた宗教」ではないのです。確かに、アモン、ホルス、ラー、オシリスといった神々はアトン同様に失われてしまいました。しかし、現代エジプトは大半がムスリム(イスラム教徒)で、その他に少数のコプト教会と呼ばれる独特なキリスト教や、更に少数の種々の諸宗教が混在していると思われますが、大部分のムスリムは他のイスラム諸国に比べてかなり穏健なように映ります。もしかしたら、何もかも受け入れて来た古いトーテミズムの古代宗教の伝統が生きているのかも知れません。案外、日本人の宗教観に似ているではありませんか。コプト教会が独特なことも頷けます。



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