福音と宗教

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V 民族宗教

 民族宗教は、文字通り世界中の民族固有の宗教ですから、数えたてていきますと限りがありません。その中で、比較的良く知られているものだけを、いくつか取り上げていきましょう。

1、ユダヤ教(1)

a. ユダヤ人とユダヤ教徒


 現代人の特徴でしょうか。ごく一部の人たちですが、ユダヤ人でも、ユダヤ教信仰を踏襲しようとしない人たちがいます。しかし、そういった人たちを除きますと、一応、ユダヤ人=ユダヤ教徒と言っていいのではないでしょうか。もっとも、その場合、ユダヤ人の定義が問題ですが……。

 パレスチナに築き上げて来た「イスラエル」という国を失って、長い歴史を、放浪の民として、いろいろな国の中で生きてきた人たちですから、現イスラエル共和国内ですら、「ユダヤ人とは誰なのか?」という理解は実に複雑で、時には、裁判沙汰になるほど重い議論になっています。現代イスラエルの法律では、母親がユダヤ人なら、子どももユダヤ人と認められます。ユダヤ教は家庭教育を重視しており、母親がユダヤ教を子供に伝える役目をになっているからでしょう。それでも、ユダヤ教に改宗すればユダヤ人になるとか、正当派でなければ……といったことも、議論をいっそう複雑にしているようです。

 しかし、歴史的には、ユダヤ教がユダヤ人のアイデンティティー(自覚・意識)を保ってきたと言えるでしょう。そして、そのアイデンティティーこそ、ディアスポラのユダヤ人を一つの民族として結びつけ、その歴史のほとんどをさまざまな迫害に苦しみながら、神さまの選民であるという誇りとともに、彼らが生き抜いてきた力でした。ユダヤとは、南王国のユダ族が居留していた土地を指し、イスラエルという古い呼名が、ユダヤに代わったと理解していいでしょう。


b. ユダヤ教の成立

 通常、バビロン捕囚以前の宗教は、ユダヤ教とは区別し、「古代イスラエルの宗教」と呼ばれます。それは、シュメール人が築いて古代バビロニアに引き継がれた、カルデアのウルからカナンにやって来たアブラハムに始まります。BC2000年紀初頭のころと思われます。古い言い方では、イスラエルはヘブル人と呼ばれますが、「ヘブル」とは川を渡って来たという意味で、ユーフラテス川のことなのです。アブラハム、その子イサク、その子ヤコブ、そしてヤコブの子どもたちから始まるイスラエル12部族が辿った歴史は、そのまま古代イスラエル宗教の歴史に重なっていますが、カナンでの放牧生活、エジプト移住や出エジプト、カナンへの再進入、定住、王国建設、分裂、そしてバビロン捕囚という、時には、神さまの祝福を頂き、神さまの選びの民とされながら、次第に神さまから離れていった彼らの歩み(BC2000年頃〜BC586年・南ユダ王国滅亡年)は、旧約聖書に詳しく描かれています。

 その古代イスラエルの宗教は、モーセの律法と神殿での祭儀を中心とした、いかにも単純なヤーヴェ信仰であると言えるでしょう。その信仰を、ユダヤ教が引き継ぎます。バビロンから帰還したユダヤ人たちは、第二神殿と呼ばれる、エズラによって再建されたエルサレム神殿を中心に、モーセの律法を遵守する、祭儀共同体を形成しました。第二神殿時代に重なる、初期(前期)ユダヤ教の成立です。彼らは、神殿崩壊と祖国喪失、異国への捕囚という出来事を通して、その原因が、神さまに対する背信行為にあったと反省したのでしょう。新しいユダヤ教は、安息日厳守など律法に則った儀式、旧約聖書に記された食物規定、断食や祈りなど、日常生活の倫理綱要を定めて、厳しく守ろうとします。それが次第にまた、空虚な形式主義に陥っていくのですが……。そして、時代が進んできますと、保守派や進歩派など、いくつもの諸派が出現してきます。パリサイ派・サドカイ派・エッセネ派など、ご存じでしょう。そして、諸派乱立に歩調を合わせるかのように、終末思想やメシア待望が盛んになっていきました。

 この「初期ユダヤ教」は、教団としての成立はパレスチナ帰還後のことですが、その萌芽は捕囚時代にあったと言われます。バビロンにあったユダヤ人開拓地(ユダヤ人コロニー)に、律法学者やパリサイ人が誕生、コロニー内の宗教指導者として、次第にその地位を確保していったようです。

 ところで、特筆しなければならないのは、捕囚時代に生まれた礼拝と教育の場・ユダヤ人会堂(シナゴグ)が、帰還したユダヤ人の地域共同体に引き継がれていったことです。これはキリスト教会のひな型になりました。シナゴグの礼拝に参加する人が神さまの選びの民であり、ユダヤ教の成員とされたわけです。エルサレム神殿とは別に、ユダヤ教の中心であったと言えましょう。

  この「初期ユダヤ教」は、祭司エズラを中心として再建された第二神殿時代に重なり、これが崩壊したAD70年のユダヤ戦争以後、「後期ユダヤ教」と呼ばれる時代を迎えます。


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