福音と宗教

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U 世界的宗教

3、キリスト教(5

b. キリスト教の歴史(4)


 近代キリスト教史は、1517年にマルティン・ルターが、ウィテンベルク城内の教会の扉に、「95箇条の提題」という、中世カトリック教会への弾劾文を打ち付けたところから始まります。

 その先駆者として、14-15世紀の北方ルネッサンスのヒューマニストたち、ウイクリフ、エラスムス、サヴォナローラといった人たちが挙げられるでしょう。彼らのほとんどは、聖書や聖書言語、教会教父などの古典の研究を始め、そこから教会腐敗への批判が生まれてきました。中でも特に、新約聖書のギリシャ語本文と古典ラテン語の新訳を併記した著作を世に出したエラスムスや、旧新約聖書の英語訳を完成させたウイクリフの業績は大きく、聖書研究の機運が一気に膨れあがり、宗教改革への起爆剤となりました。宗教改革は、聖書の学びから始まったと言えるでしょう。

 ルターの「95箇条の提題」に、次のような一条があります。「お金が箱の中でチリンというと、利益と貪欲が増し加わることは確かである。しかし教会の執り成しの祈りはただ神のみ旨のうちにある」これは免罪符への真っ向からの挑戦でした。ローマ教会は、聖ペテロ大寺院建設費用を免罪符で得ようとしていましたが、免罪符を売るという、安易な方向に進んでしまった教会の姿勢そのものが問題だったのです。ルターの提題はたちまち大反響を呼び、ローマ教会への反発とともに、多くの賛同を得るところとなりました。新時代に向けてルターが提供したのは、「信仰義認」ということです。それは、神さまだけが人を救うのであって、教会や教皇ではない。まして、免罪符箱の中でお金がチリンと音をたてたその時に人が救われるなど、論外というわけです。後にツヴィングリ、カルヴァン、メランヒトンといった人たちが、「ただ聖書のみ」「ただ信仰のみ」を旗印に改革運動を押し進めていくその端緒を、ルターが切り開いたのです。16世紀は、新しい教会の時代となりました。

 新しい教会は、中世カトリック教会に反抗(プロテスト)した群れという意味で、プロテスタント教会と呼ばれました。しかし、一般に日本では旧教、新教で呼ばれることが多く、それは一般史家に見られるのですが、彼らにとっての宗教改革は、純粋な信仰上のことよりむしろ、社会情勢の帰結と考えられているようです。確かに、その点も無視出来ません。十字軍遠征の挫折による騎士階級の衰退、コロンブスによるアメリカ新大陸発見(1492)、バスコ・ダ・ガマの喜望峰迂回によるインド航路の発見(1498年)など、新時代は足音高く、すぐそこまでやって来ていました。中でも、「古典に帰れ」を合い言葉に、中世カトリック教会が徹底的に踏みにじって来た一般民衆の人格を守るべく、人間尊重の観点からスタートしたルネッサンスは、宗教改革に直結した最大の要因でしょう。その意味で宗教改革は、ルネッサンスの帰結と見られているのです。まさに改革者たちは、新しい人間尊重の時代、近代への幕をこじ開けたと言っていいでしょう。

 しかし、カトリック教会側にも、愛徳オラトリオ会、イエズス会、フランシスコ会など、カトリック教会の内部改革を志す、いくつもの修道会が誕生していきます。彼らは弱体化したカトリック教会の勢力を取り戻すべく、プロテスタント教会からの信者奪還を目指し、未知の国に宣教師を送ってカトリック陣営への囲い込みを行なうなど、活発な活動を展開し始めました。日本最初の宣教師・イエズス会のフランシスコ・ザビエルのもとで、数十万人と言われるキリシタンが誕生したことも、その辺りの事情をそれとなく伝えてくれるでしょう。ところが、それは反宗教改革運動でもありましたから、プロテスタント陣営も負けじと国外宣教に力を入れ、双方の陣取り合戦が激烈になるに従い、理想に燃えて始まった筈の各地のプロテスタント教会も、次第に国教化に向かい始めます。プロテストした筈の組織的教会の力に、いつの間にか歩み寄っていったということでしょうか。教派という名のもとに、国々を巻き込み、教会が分裂し始めたと言えましょう。教派の宣教師を先頭に立てた近代西欧諸国の植民地政策も、新旧両教会の陣取り合戦以来の伝統なのかも知れません。その萌芽は、すでに改革者たちの中にあったのでしょうか。特にツヴィングリの周辺から、急進的改革者・アナバプテストと呼ばれる人たちが誕生していきました。彼らのほとんどは、モラヴィア派と呼ばれる自由教会を目指す人たちですが、一部は英国の清教徒となり、一部は新天新地を求めてアメリカに移住し、やがてアメリカ教会の大きな特徴である、会衆派教会(バプテスト派・誕生は英国)を形成します。また、一部は、英国の信仰復興運動(リバイバルとして知られる)メソジスト運動にも絡んでいきます。いわゆる、「きよめ派」「聖霊派」と呼ばれる人たちの誕生です。

 教会の教派化が広がる中で、混乱に満ちた教会現代史がスタートしていきました。


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