福音と宗教

33


U 世界的宗教

3 キリスト教(3)

b. キリスト教の歴史(2)


 迫害と殉教の時代は、信仰の純粋さを守る戦いが繰り広げられた時代でもありましたが、中には、迫害者と妥協し、信仰の節操を放棄した一面があったことも忘れてはなりません。多様な異端問題がはびこった時代でもあったのです。ユダヤ人の律法主義は依然健在で教会に根深く入り込んでおり、哲学の装いをつけた異端や、使徒たちの教えを守ってきた教会の信仰に異議を唱える異端も出現してきました。グノーシス、マニ教、新プラトン主義、モンタヌス運動、単一神論など、それらの「新宗教」はやがて消えてしまいますが、多様なそれらの「思想」は、姿を変えながら現代にまで生き延びていると言えましょう。その代表的なグノーシス主義を、少しだけ紹介します。これは極端な二元論で、悪なる物質と善なる霊を分離し、物質を創造した神は悪い神であるとして旧約聖書を否定、まことの神であるキリストは悪の肉体をとることは出来ず、したがって十字架も復活もあり得ないとし、ただ、キリストについてのグノーシス(知恵)を得ることによって、肉体から解放された魂が救われると説きます。こう見ますと、イエスの奇跡や復活を事実として認めたくないために、ファクトの歴史の上に信仰の歴史を重ね合わせるという、歴史の二重構造を考えた現代の自由主義神学など、まさにこのような異端の再現ではないかと思われます。

 教会は、迫害者たちの非難に尊い血を流しながら信仰を守り抜き、また、そのような異端との戦いの中で、正統な信仰として使徒的信条を再構築してきました。しかし、そのような戦いの中で、教会監督の負う責任が増大しますと、それはいつしか、彼らの権限拡大という方向に走り始めます。そしてそれはやがて、教会監督間のランキングという問題にまで発展し、それにともない教会間に隙間が生じるという、負の遺産を背負うことになります。ローマ教会首位権の獲得と、教会分裂の芽生えです。もっとも、それが具体的になる前に、迫害と殉教の時代は終焉を迎えます。


 3世紀から4世紀にかかる頃のことです。激しい迫害の中を生き延びて来たキリスト教会は、その間の経験で生き延びる知恵が働いたのでしょうか、組織力を身につけて次第に大きくなり《個々の教会は家の教会で、家族単位の延長のようなものでしたが、まだその頃は、「教会」は一つの群れという意識がありましたから、「大きくなった」とは、個々の家の教会が各地に増えたことを指しています》、帝国自体の弱体化ということもあって、ローマは次第に教会の力を無視出来なくなりました。その対応として、武力をもって教会の力を封じ込めるという迫害政策の方向を選択したのが、ローマ皇帝中最も激しい迫害者と呼ばれた、ディオクレティアヌス帝です。AD303年から304年にかけて、彼は一連の布告を出し、キリスト信者会合の禁止、教会堂破壊、聖書の没収とその焚棄、教職者の投獄を帝国全域に強行しました。幸いにもその迫害は長くは続かず、ディオクレティアヌス帝の退位隠棲(305年)をもって終わります。

 もう一つの対応は、教会との融合政策という方向です。その方向を選択したのが、ディオクレティアヌス後の皇帝として即位(306年)したコンスタンティヌス帝(彼は大帝と呼ばれる)でした。彼は、313年発布のミラノの勅令をもって、キリスト教を公認した皇帝として知られています。彼は、弱体化したローマ帝国を、教会の協力を得て再編しようと図ったのです。すでに教会は、それだけの力をつけていたということなのでしょう。彼は、330年に、キリスト教に基づいた新しい帝都を建設しようと、東方のコンスタンティノポリス(今のイスタンブール)に都を移しました。その落成式典はキリスト教式で行われ、新帝都は聖母マリヤにささげられたのです。今でも、その広大な庭園に、かつての権勢を誇るかのような旧王宮と、その隣りに、つつましい造りですが、王宮と一心同体でもあるかのように仲良くソフィア教会が並び建っています。国家の手厚い保護を受け、教会は更に大きく前進し始めました。その流れは後の皇帝にも受け継がれ、380年、テオドシウス帝は勅令を出して、キリスト教をローマ帝国の国教とし、更に395年、ついにキリスト教は、ローマ帝国唯一の公認宗教となりました。長い迫害と殉教の時代を通じて、教会は、願っていた迫害者との和解を実現したと言えましょう。

 しかし、果たしてそれが教会にとって幸いなことであったかというと、「恐らく、そうではない」と否定する人たちが圧倒的に多いことも事実です。国家権力の庇護のもとで、今度は、教会が権力を手中にし、他宗教への圧迫や異端への迫害がたびたび行われ、魔女狩りの名のもとに、自分たちに不都合な人たちを抹殺することさえ厭わなくなっていったのです。それは、キリスト教帝国主義(コルプス・クリスティアヌム)の芽生えと見ていいのではないでしょうか。


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