福音と宗教

24


U 世界的宗教

2 イスラム(6)

d. イスラム法

 前回、イスラムの中心はイスラム法であると、少しだけ触れました。イスラムを理解するためには、イスラム法の理解を欠くことは出来ません。イスラム法は、共同体としてのイスラムの宗教的形態に他ならないと言われていますが、その辺りのことを、もう少し詳しく見ていきましょう。

 イスラム法の成立は、8世紀から9世紀にかけてのことですが、恐らく、ムハンマド没後直後から始まったハディスの編集と、その解釈の延長線上での模索から始まったと思われます。イスラム法とは、イスラム共同体の中で、人がどのように正しく生きていくかを規定した法体系ということができるでしょう。そして、その「正しく」とは、アッラーの意志に照らして判断されますから、イスラム法は、アッラーの命令と禁止という形で成立してきました。たとえば、「盗んではならない」という禁止事項があります。これは、盗みという行動が人間の理性や社会状況に照らして「悪い」と決定されるのではなく、アッラーが「悪い」と決定したから「悪い」ということになるのです。


 そのアッラーの意志のもとで、驚くほど、実に細かな規定が造り上げられました。井筒俊彦著「イスラーム文化」から紹介しましょう。イスラム世界を実感するのではと思います。

* 「イスラム法を叙述した書物を開いてみますと、まず最初に出てくるのは、宗教的儀礼の規則、たとえば、メッカ巡礼のやり方とか、ラマダーン月の断食の仕方、それから日に5回の礼拝の仕方、礼拝に臨む場合の身の清め方、―どういう種類の水を、どう使って、体のどの部分をどういう順序で洗うか。水がない場合には水の代わりに砂を使うのが昔の習慣でしたが、どんな砂をどう使ったらいいのか。すぐその次には、我々なら民法、親族法として取り扱うはずの家族的身分関係を律する細かい規則が出てきます。結婚、離婚、再婚、持参金、遺産相続、扶養義務などです。次は刑法的規定で、窃盗、殺人、姦通、詐欺、偽証など。そうかと思うと、食物や飲み物、衣服、装身具、薬品の飲み方、香料の使い方、挨拶の仕方、女性と同席し会話するときの男性の礼儀、老人に対する思いやりの表わし方、孤児の世話の仕方、召使いの取り扱い、はては食事のあとのつま楊枝の使い方、トイレットの作法まである。これほどまでに決めなくともと、思いたくなるほど社会生活から家庭生活の細部に及んで詳細に規定されているのです。人が、第一にアッラーに対して、次に隣人、同胞に対して、そして最後には結局自分自身に対してなすべきこと、なさなければならないこと、そしてしてはならないこと、してもしなくても構わないことなどが、少なくともイスラム的に、つまりイスラム的コンテキストで、考えられる限り細大もらさず命令と禁止という形で規定されているのです」

 信仰者たちは、背信者にならないために、こんなにも細かな規定を厳格に守ろうとしています。


 一日五回の礼拝の仕方から、箸の上げ下ろしまで、細かな規定がぎっしり詰まったイスラム法が、神聖な法体系として制定されますと、次は、これを護持しなくてはなりません。そして、この法体系を守ろうとする人たち・ウラマー(法学者)が誕生してきます。それはきっと、イスラム社会自体が未整備の中で混沌としていたからなのでしょう。法体系をさまざまな角度から研究(運用方法の確立)する、多くのウラマー学派が登場してきました。異民族を多く抱えたアッバス朝では、現実の国家組織に適用できる法組織を目指した法学派ウラマーと、あくまでも理想の神聖な法体系を追求しようとする神学派ウラマーとに分裂した時期もありましたが、イスラム法はもともと現実的であり実践的なのですが、しかし、神聖な神学という面を見失うことはなかったと言えるでしょう。

 ウラマーたちは、イスラム法の管理と執行を国の統治機構から独立させ、アッラーの名のもとで超権力体系を築き上げていきましたから、国家権力と言えども、その法体系を犯すことはできませんでした。近代国家形態である立法、司法、行政の三権について言えば、行政権だけは国家が、他の二権は彼らが確保していて、実は、これがイスラムを超国家的宗教共同体として存続させてきた最大の理由だったのです。現代のイランなどイスラム原理主義と呼ばれる国では、三権ともウラマーが握る傾向にあります。イスラムとは、イスラム法学の世界であると言っても過言ではないでしょう。


Back Index Next