福音と宗教

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U 世界的宗教

2 イスラム(5)

c. 聖典(


 コーランに次ぐ重要なイスラム聖典に、ハディスがあります。
 ハディスは預言者ムハンマドの言行禄ですが、彼の死後相当経ってから編纂されたものです。
 ムハンマドは宗教家として、また政治家として優れていましたが、それだけではなく、多方面で抜きんでた、すぐれた能力を持っていたようです。彼は、構築されつつあるイスラムの統制と組織においても、その万能ぶりを発揮していました。コーランは、イスラム信仰の基準としてばかりでなく、信者の現実問題にもメスを入れ、快刀乱麻を断つごとく優れた判断を下していましたが、そのコーランをもってしても処理し切れない問題は、彼の一言でみごとに解決されてきたのです。ところが、彼の死後、こうした事情が一変します。ムハンマドの精力的な働きの甲斐あって、彼亡き後もイスラム圏は国境を越えて拡大の一途を辿りますが、それとともに、いろいろな問題が膨れ上がり、それが絡み合って複雑になってくると、コーランだけでは対処しきれなくなりました。後継者のカリフは、ムハンマドのような「アッラーの啓示を伝える預言者」ではなく、単なる教団の指導者にすぎません。そこで、どうしても預言者ムハンマドの権威あることばが必要になったのです。そんな状況下でハディスは、コーランの補助的役割を担うものとして、必然的に生まれてきたと言えましょう。

 もともとハディスは、その大部分が口伝でしたから、時々の情勢に合わせて修飾され、新しく創作されたものまでも加えられるという一面を持っていました。その混乱に終止符が打たれたのは、ムハンマドの死後200年経った、9世紀になってからのことです。ブハーリーとムスリムという二人のハディス研究家により、2種の「サヒーフ」(確実なものの意)と4種の(確実性のやや劣るもの)とからなる、6種のハディスが編纂されましたが、ハディスはその後も幾多の要望に応えるかのように、変化を重ねていきます。その変化はイスラム路線を柔軟にし、他宗教、他民族文化などとの融合を可能にしていくための、クッションになっていたようです。


 イスラムの柔軟性というのは、ハディスの持つ幅の広さなのでしょうか。その「変化」とは、修正もしくは改ざんのことですが、加えて、コーランと同じように、その解釈によって時代に対応し、イスラム圏の更なる拡大に寄与したという一面をも持っていたのです。ところが、不思議にも、ハディスが整えられた9世紀の中頃に、特に法律に関するコーランとハディスの解釈は絶対にしてはいけないと、聖典解釈の自由が禁止されてしまいました。そしてその禁止は、現在にまで続いているのです。恐らくそれは、イスラム社会の建前ではと思われますが、いずれにせよ、この解釈禁止条項は、イスラムにとって自由論議の門が閉ざされたことを意味します。大きくなって幅も広がったイスラム世界の、原点に戻ろうとする方向転換だったのかも知れません。

 個人が自由に聖典を解釈して法的判断を下すことを、イスラム法学では「イジュティハード」(努力)という専門用語で表現していますが、そのイジュティハードはすでに昔の権威ある人たちがすべてやってくれたから、以後、それに従って判断すべきということなのでしょう。それはイスラムが、アナーキイ(無政府状態、無秩序)という混乱に陥ることは回避させました。きっと、大きくなったイスラムには、そんな心配の声が起こっていたのかも知れません。イスラムの純粋性を守るための、禁止条項と考えられます。しかし、反面、イジュティハード禁止は、イスラム法というイスラムの中心を固定化し、その文化的生命を枯渇させ、近年におけるイスラム世界の発展を西欧より遅らせてしまった、大きな一因とも言えるのではないでしょうか。
 近年、「イジュティハードの門」を再び開かなければという声(イスラムのルネッサンス)が、内部で上がっているそうです。期待したいですね。


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