福音と宗教

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U 世界的宗教

イスラム(3)

c. 聖典(1)


 イスラムの聖典は、聖書、コーラン、ハディスの3つですが、それぞれの内容とともに、その関係を考えて見なければなりません。
 最初に挙げたのは聖書ですが、ムハンマドは、旧約聖書の律法と詩篇、それに福音書をアッラーの特別啓示として受け入れていたようです。ところでムハンマドは、自分のことを「最後の預言者」と位置づけていますが、コーランに登場する預言者はアダム、ノア、アブラハム……と25人、そのほとんどは旧約聖書に出てくる預言者です。そして、24番目がイエスさま、最後の25番目がムハンマドとなります。それがどういうことかと言いますと、ムハンマドは、自分を「最後の預言者」と宣言することで、コーランを聖書の上位に置いたのです。つまり、旧約聖書は福音書に抵触しないかぎり有効であり、抵触した場合には後の啓示である福音書が優先し、同様に、福音書がコーランと抵触した場合には、コーランが優先するという図式です。しかし、ムハンマドの言行録・ハディスについては後に取り上げますが、ハディスはコーランの上位にくるものではありません。このように、自分を「最後の預言者」とすることで、ムハンマドは巧みにコーランを最高の啓示としたのです。
 旧約聖書と福音書を特別啓示としたのは、ムハンマドがユダヤ教やキリスト教と接触して影響を受けたことによるのでしょうが、それを彼の教えの権威づけに利用したと言えなくもありません。事実、現在では、コーランがアッラーの唯一権威ある言葉として定着しているのが実体です。

 さて、イスラム最上位の聖典、コーランを見ていきましょう。
 「コーラン」は、最後の預言者ムハンマドに啓示された、アッラーの言葉であると信じられています。もっとも、これは20年という歳月をかけて少しづつ断片的に啓示されたものでしたから、最初から書物としてあったわけではなく、一部は文字として、一部は伝承として伝えられてきました。導師イマムは、普通、コーランを多く暗唱できる者ということでしたが、ムハンマドの死後、それを暗唱している人たちが次第に減り、その記憶も怪しくなってきます。そこで、これを経典としてまとめようという動きが出てきました。コーランの結集(けつじゅう)です。第二代カリフ・ウマルと第三代カリフ・オスマンの時に二回の結集が行われ、AD651年に完成したのが、今日に伝えられるコーランの原典になりました。ただ、コーランにはアラビヤ語しか許されないため、読み方にいろいろな違いが出てきて、混乱を重ねた末、20世紀の印刷技術の発達によって、ようやく単一・統一されたもののようです。(カリフとは、ムハンマド亡き後、イスラム共同体の長となった人たちを指します。)
 コーランが単一・統一されたということは、多くの異なる国や民族でありながら、しかしイスラムであるという、強烈な兄弟意識を育てる最も根本的な要素になっていきました。イラン・イラク戦争などに見られるように、彼らは決して一枚岩ではないのですが、ことイスラム以外からの攻撃に対しては、見事なまでのスクラムを組みます。現代世界で急激に重みを増しているイスラムの、その辺りを理解しておく必要がありそうです。

 ところで、〈コーランはおよそ20年の年月をかけてムハンマドに啓示された〉と触れました。その時間的な経過の中でイスラムの枠組みが形成されていくのですが、コーランの根本理解に関わる点と思われますので、少し、その辺りのことを見ておきましょう。
 この20年は、10年づつ前期と後期に分けられているようです。まず前期からですが、これは、一介の商人に過ぎなかったムハンマドが、突然、アッラーの啓示を受け(610年)、その使徒、預言者となり、伝道に着手していった期間です。故郷メッカの人々は、その教えを危険な体制批判運動と見て拒否し、誕生したばかりの教団を激しく迫害しますが、まだ数人しかいない教団は、そのような迫害の中で強烈なアッラーへの実存信仰を育てていきます。イスラムの草創期(メッカ期)です。この時期のコーランは、個々人が実在する唯一の全知全能の神・アッラーの前に立ち、人格的な関係を結ぶ(信じることとその信仰者の生き方をアッラーにゆだねる)ことに集中しています。いわゆるイスラムという宗教の、根本的な部分が立ち上げられていくのです。
 おもしろいことに、その人格的な関係を結ぶことを、ムハンマドはすぐれた商人感覚で、「契約を結ぶ」と捉えています。聖書の契約概念は神さまの恩寵であって、それとは全く違うのですが、神信仰が神と人との契約にあるとしたのは、聖書の影響があってのことでしょう。それは極めて実存的な信仰であり、彼のハイレベルな宗教観が浮かび上がってくるようです。


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