福音と宗教

12


U 世界的宗教

1 仏教−1

 日本人が最も関心のある宗教で、誰もが良く知っていると思っているのに、あまり知られていないところが多い宗教、今回からその宗教・仏教を取り上げます。インドの小さな地域で始まり、そして、そのインドでは残らなかったのに世界的宗教にまで広がった仏教の、その変遷をさぐり、加えて、日本にこれほどまで定着していった、その原因を考えてみたいと思います。

a. 起源

 紀元前6世紀ころ、インド北端に近いヒマラヤ山麓を拠点としていた小さな部族国家釈迦族に、有名なマーヤを母として王子ゴータマ・シッダールタが誕生しました。彼は感受性が強く、多感な青年時代を王子として過ごした後、父王や妻子を捨て、王位継承権を弟ナンダにゆづって出家しました。

 出家とは、インド古来のヒンズー教の修業者を意味します。インドではヒンズー教が社会的に強い力を持っており、今に残るバラモンからハリジャンまでというカースト制は、ヒンズー教支配下による人々の階級制で、そのカースト制のもとでは、貧しい人たちはどんなに努力してもその貧しいカーストから抜け出すことはできません。現代インドが抱える最大の問題点とされています。

 彼はそんな人々の苦しみを自分の苦しみとしたのでしょうか。釈迦族の王子たる身分を捨てて出家したゴータマ・シッダールタの、その後です。夜半、愛馬カンタカに乗って宮殿を抜け出したゴータマは、頭髪を剃り、修行僧となってガンジス川近くのマガダ王国でヨーガを学びました。上達が早くて教師の誘いが来ますが、そこに解脱の希望を見出すことが出来ず、これと決別をし、西のナイランジャナー河のほとりで苦行を始めます。苦行に打ち込んだ彼は死に直面しますが、しかし、それでも解脱に到達することはできません。

 その修業の壁に突き当たっていたゴータマのところに、一人の村娘が一椀の乳粥を持ってきました。河で身を清め椀を受けとった彼は、河のほとりにあった菩提樹の木の下で坐禅を組み、そこでついに解脱に到達したと伝えられています。彼は「真理に目覚めた者」という意味で、自分自身を「ブッダ(仏陀)」と呼び、他の人たちからもそのように呼ばれるようになります。それは、彼が神になったことを意味するのではなく、また、神々からブッダとしての権能を授かったということでもありません。ゴータマは一個の人間として努力を重ね、人間の理想像を実現したのです。それは人間主義に他ならず、以後、仏教の基本は人間中心であると言えるでしょう。ブッダとは、「普遍的な真理を発見したもの」という意味らしいのですが、では、その真理とは何か、そのことを考えなくてはなりません。

 ゴータマが菩提樹の下で到達したという真理が仏教教団樹立につながっていきます。
 彼が苦行を放棄して村娘の差し出した乳粥を受け取った時、それを堕落とし、彼を仲間に迎えることを拒否した5人の修行者がいます。ところが、ゴータマは自分から彼らのところに近づいていき、「修行者たちよ。よく聞け。私は不死を得たのだ。それを教えてあげよう」と言いました。初め5人の修行者たちは聞くことを拒否していましたが、自信に満ちた様子でゴータマが「教えてあげよう」と繰り返すのを聞いて、彼の言葉に耳を貸そうという気持ちに傾いていきます。彼は、愛欲におぼれていた王子時代の経験と、苦行時代に死と向き合うまでに突っ走った経験と、その2つを極端の道であるとして排斥し、「これはわれわれの心の眼を開き、われわれの知恵を進めて、心の平静と完全なさとりの境地に到達させるのだ」と、中庸の道を説きました。これは、相対を否定し、その上に絶対を認識するという、当時インドに流行していたウパニシャッドの哲学に見られる思考形式だそうです。5人の対話相手が理解しやすいように、彼は当時最先端の考え方を採ったのでしょう。それは、僧侶階級バラモンを中心とする煩雑な祭儀主義に堕していたヒンドゥー教の教えを否定するもので、当時のリベラルな思想でした。その教えの魅力に惹きつけられた5人の修行者たちは、彼の弟子になります。こうして最初の仏教教団が始まりました。


Back Index Next