福音と宗教



はじめに (1)

  「知人がチベットに行くんですけど、ラマ教について予備知識が欲しいとのこと、教えてください」とある方から質問されて、困惑してしまいました。牧師だから宗教のことには詳しいだろうと、少しも疑わずに質問してこられたのですが、恥ずかしいことに、ラマ教など、意識したこともありませんでした。比較宗教(学?)を囓ったのは40年以上も昔のこと。他宗教については、法然の一枚起請文が好きといった程度で、何も知らない自分に愕然とさせられました。

  現代日本人の大半は、「私の家は〇〇宗だ」と言って憚りませんが、恐らく、その「〇〇宗」の何たるかはほとんど知らないでしょう。私の家も天台宗でした。しかし、天台宗のことは何も知らず、ただ、親たちが何気なく言っていたことばから、天台宗は他派より古くて格式の高い宗派だと、子ども心に誇りにも似た思いを抱いていたものです。ですから、仏教の、大乗仏教と小乗仏教、インド仏教と中国仏教の違い、また密教のことなど何も知らず、母の死後頻繁に聞いたお経の意味など、全くちんぷんかんぷんでした。そもそも、私たち日本人が意識する「家の宗教」とは何なのでしょうか。一つの家に仏壇と神棚が祭られていることに疑問さえ起こらなかったことも、問題ではと思われます。そして、現代時事問題の中心とも言えるイスラム教には、全く馴染みのない私たちです。ヒンズー教、ラマ教(これはチベット仏教のことでした)といったことになりますと、もうわけが分かりません。近年いろいろと問題を起こしているカルト宗教、また、国際的に物議を醸しだしている靖国神社のことでも、宗教+世俗の問題があるのかも知れませんが、その問題の中心点の何かを、みなさんはどれほどお分かりでしょうか。

 ほとんど知らないと言っていいでしょう。それなのに、こと宗教に関する限り、知らないことは全く問題にされません。ただやみくもに手を合わせて有り難がっていると言ったら言い過ぎでしょうか。しかし、少なくとも日本人は、「無心に手を合わせる」ことが大切と教えられてきたようです。何に向かって? クリスチャンでさえ、何を信じても行き着くところは同じと言って憚らないところがあり、その宗教意識についても考えてみたいところです。また、キリスト教は宗教ではないと教えられてきた方たちも多いでしょう。それは一体、どのような意味で言われたのでしょうか。エキュメニカル運動という「教会一致」の流れがあり、それは今、諸宗教を仲間に引き込み、世界宗教者会議などというものに発展し、平和推進の要になろうとしています。一方、カトリック系のアイルランドとプロテスタント系のイングランドの流血の争いが続いている英国、スンニ派とシーア派の争いが激化しているイラクなど、宗教を介した紛争は世界各地で後を絶ちません。宗教ということで、考えなければならない問題は実に多いようです。

 そもそも、私たちはどれくらい諸宗教の名前を言えるでしょうか? ちなみに、私が言える宗教の名前を無差別に上げてみましたが、
 バラモン教、原始仏教、大乗仏教、小乗仏教、浄土教、ラマ教、ジャイナ教、シーク教、創価学会、立正佼成会、一燈園、円応教、生長の家、天理教、PL教団、黒住教、ものみの塔、モルモン教、統一原理協会、神社神道、教派神道、山岳神道、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教、ゾロアスター教、キリスト教、ブードー教、儒教、道教、大本教、金光教、オウム真理教、幸福の科学、マニ教、アーミッシュ、ブラック・モスレム
……
と、これが限界です。みなさんはいかがでしたか。ものの本には、さすがにもっとたくさんの宗教が並べられていました。

 これらの諸宗教を、もちろん全部ではありませんが、私なりにいくらか整理しながら見ていきたいと思っています。なにぶん素人ですので、簡単な紹介程度になるでしょうしまた、必要の無いところにまで踏み込んでしまうなど、おかしな点も多々あるかと思います。詳しくご存じの方々がおられましたら、その点、よろしくご指摘、補足、訂正など頂けましたら幸いです。


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