31/36回 <礼拝>2

みことばを囲んで

旧約聖書  詩篇   119:1−2

 
幸いなことよ。全き道を行く人々、主のみおしえによって歩む人々。
 幸いなことよ。主のさとしを守り、心を尽くして主を尋ね求める人々。

新約聖書 Tコリント 11:23−26

 
私は主から受けたことを、あなたがたに伝えたのです。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、感謝をささげて後こう言われました。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えるため、このようにしなさい」 夕食の後、杯をも同じようにして言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えるため、このようにしなさい」 ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです
T 喜びをもって主の前に

 信仰の応答としての礼拝ですが、旧約聖書の時代には、石の柱を立てたり、石を積み重ねて祭壇にし、そこに神さまがいらっしゃるようにひれ伏し拝んだという素朴な信仰の形を見てきました。そこに仕え、奉仕する心が加わるなら、もう何も言うことはありません。それこそ礼拝であり、形式は問題ではありません。

 先回、現今の礼拝室を学校の教室のようで、ひれ伏して神さまを拝むのに適当かと申し上げましたが、教会によって違いもあり、それはそれで意味のあることで、歴代の教会が大切な伝統として守ってきたものです。今回は、その礼拝室の在り方も含め、考えてみたいいくつかのことがありますので、先輩信仰者のメッセ−ジから聞いていきたいと思います。


U 十字架のメッセ−ジを

 最初に第1コリント11章からです。イエスさまが十字架におかかりになる前夜、弟子たちといっしょに過越しの祭りの晩餐をされたとき、イエスさまは弟子たちにパンとぶどう酒の杯を与え、「これはわたしのからだです。これはわたしの血による新しい契約です」、「わたしを覚えるため、このようにしなさい」と言われました。以来2000年、教会はこのご命令(パンをさき、杯を飲む・聖餐式と呼ばれているもの)を、聖礼典として大切に守ってきました。この命令を教会で行うよう記録したものとしては、パウロのこの記事が最も古いでしょう。なぜこの記事を取り上げたかと言いますと、実は、この聖餐式が礼拝の中心として重んじられてきたからです。

 パウロがここで言っているように、聖餐は、イエスさまが私たちの罪のために十字架に死んでくださったことを端的に表しています。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えるため、このようにしなさい」、「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えるため、このようにしなさい」とあります。

 イエスさまから渡されたパンとぶどう酒は、イエスさまの十字架の赦しの象徴です。教会はこの2000年間、洗礼を受けた信仰者たちがパンを食べぶどう酒を飲むことで、イエスさまの十字架の救いに預かっていると、礼拝ごとに見える形で確認してきたのです。それは、説教も同じです。旧・新約聖書のどこから話されても、それはイエスさまの十字架を示すものであり、説教壇から語られるメッセージはただそのことを中心にしているのです。そして、説教が耳に訴えるものであるのに対し、聖餐式は目や感覚、身体全体に訴えるものであると受け止めていいでしょう。つまり、どちらもイエスさまの十字架の出来事を神さまからの祝福であると聞いていくのです。その意味で、説教台と聖餐台を、司会者、説教者、会衆が取り囲み、真ん中に神さまの祝福のみことばが置かれている、私はこれが礼拝室の構造と考えています。東京・銀座に毎日正午礼拝を行っている銀座教会がありますが、学生時代私は好きで、何回も通いました。説教台と聖餐台が礼拝室のほぼ中央にあって、それを囲むように会衆の席がぐるりと巻いているのですが、それこそ、みことばを聞く者たちがみことばを囲んでいるのです。説教者の後ろ姿を眺めながら説教を聞く光景は、その意味を理解して初めて納得できるものでしょう。私たちの教会はそれほどではありませんが、同じように神さまのことばを囲みながら礼拝を行っているのです。みことばが中心の礼拝なのです。


V みことばを囲んで

 礼拝がみことばを囲んで行うものであると覚えて頂けたでしょうか。そして、教会が最も大切にしてきた日曜礼拝ですが、私たちのイエスさまを信じる信仰は、日曜に限ったことではないですね。ずっと昔、若い頃ですが、青年たちが牧師宅に押し駆けて、コタツを囲みながら祈り、聖書を読み、先生からお話しを聞いていました。どうしてそうなったのか覚えていませんが、10名程、みんなで献身を誓い、聖餐式をしようということになりました。コタツを囲んでいる中でパンとコップがまわされて……、今でもそのときの「礼拝」が忘れられません。今、そのメンバーはみな散らされて、どうしているのか分からない人もいますが、何人かは伝道者になって、又、それぞれの教会で忠実な役員や教師になっています。

 今回の旧約聖書・詩篇119篇は、おそらく、そのような礼拝場所・エルサレムから遠くに散らされたユダヤ人のものです。バビロン捕囚の悩みの中から、それでも私は神さまのみことばに信頼するという信仰の告白のようです。同じ119篇に「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました」(71)とありますが、 この119篇全体が、神さまのみことばへの信頼であり、みことばを開きながら行う礼拝の賛美のようです。旧約聖書の時代にも、神さまのみことばは何物にも代え難い信仰者の宝物でした。彼らはエルサレムの神殿に行き、そこで犠牲を献げながら罪の赦しを聞き、ひれ伏して礼拝したかったのですが、それができなかったのです。神さまはこのような私たちをどうしてくださるのだろう、そんな思いと祈りから、みことば中心の会堂礼拝が生まれたのではと想像します。

 同じ詩篇137篇に、「バビロンの川のほとり、そこで私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた。その柳の木々に私たちは立琴を掛けた。それは、私たちを捕らえ移した者たちが、そこで私たちに歌を求め、私たちを苦しめる者たちが、興を求めて、『シオンの歌を1つ歌え』と言ったからだ。私たちがどうして異国の地にあって主の歌を歌えようか」とあります。ときにはみんなで集まっての礼拝すら出来なかったのです。現代の私たちの中にも、そんな思いを持っておられる方たちがあるのではないでしょうか。詩篇は神さまへの礼拝賛美として生まれたもののようですが、そのどれもが神さまのみこばへのあこがれ、信頼、祈り、献身の思いに溢れています。そこに神さまの救いの約束があったからでしょう。

 私たちの信仰は、宗教改革者たちの「ソ−ラ スクリプトゥス(ただ聖書のみ)」という旗印を引き継いでいて、頑固なほどに聖書信仰を守り通したいと願っています。1人でいるときにも、2人〜3人集まったときにも、そこで聖書を開き、聞くことを中心にしていきたい。そこにイエスさまの十字架の救いが受け留められ、祈りが生まれ、感謝が生まれ、賛美が生まれるならば、それこそ礼拝であると思うのです。そのようなイエスさまの十字架のみことばがしっかりと受け留められる礼拝が続けられるよう願っています。