26/36回  <教会>4

私たちの教会は

旧約聖書 イザヤ 56:7

 わたしは彼らを、わたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。彼らの全焼のいけにえやその他のいけにえは、わたしの祭壇の上で受け入れられる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるからだ。
新約聖書 使徒 21:3−5

 私たちは、シリヤに向かって航海を続け、ツロに上陸した。ここで船荷を降ろすことになっていたからである。私たちは弟子たちを見つけ出して、そこに7日間滞在した。彼らは御霊に示されて、エルサレムに上らぬようにと、しきりにパウロに忠告した。しかし、滞在の日数が尽きると、私たちはそこを出て、旅を続けることにした。彼らはみな、妻や子どももいっしょに、町はずれまで私たちを送って来た。そして、ともに海岸にひざまずいて祈ってから、私たちは互いに別れを告げた。
T 見えない教会、見える教会

 教会を3回取り上げてきましたが、もう1回、教会のことに触れておきましょう。教会とはイエスさまの教会であって、そこでイエスさまの十字架とよみがえりが私たちの救いであると信じ告白するなら、人間的な教派や教団は別に問題にはならないでしょう。だれがどこに所属していても、等しくイエスさまの教会に名前を記された者であり、神さまの御国の市民として登録されているからです。その意味で教会は、世界中にどんなにたくさん建てられていても、ただひとつのイエスさまの教会であり、同じ兄弟姉妹なのです。私たちはこれを、伝統的に「見えない教会」と呼んできました。

 教会ということで今回、この見えない教会と、歴史の中で揺れ動き、その時々に問題意識を感じ、苦闘した先輩たちの、もうひとつの面を見ていきたいと思います。

 歴史の中で繰り返されてきたことですが、教会が町の中に建てられて世俗にまみれると、山に上がって世俗とは隔離された群れになりました。しかし、やはりイエスさまを伝えなくてはと、町に戻り、しばらくするとまた山の上での隠遁生活を……と、キリスト教会は2000年の歴史の中で、そんなことを繰り返してきました。一方では、世俗の罪との関わりを断ち切った純粋培養のような信仰生活をあるべき姿であると考え、また一方では、人間との関わりの中でこそ教会は立つべきであるとし、どちらも理想を求めた結果でした。果たしてどちらが本当の教会か、今回は、その立つべきところ、本当のところ教会とはどんなところなのかを考えてみたいと思います。それは、見えない教会とは別のもうひとつの教会、見える教会ということなのでしょうが、その教会を見たいと思っています。


U 愛の共同体として

 使徒行伝21章に出て来るツロの教会からです。記事としては小さなもので、小さな町の片隅でひっそりと続けられていた交わりのような印象を受けます。しかし、この交わりの在り方は、現在の私たちにいくつかの大切なものを教えてくれるようです。非常に美しい光景が描かれていて、私の好きな箇所のひとつです。

 パウロの第3回伝道旅行の終わり頃の記事です。「私たち」とあるのは、その旅行に使徒行伝の著者ルカが同行していたからでしょう。今、パウロはエルサレムに戻ろうとしています。各地の教会からエルサレム教会へと託された献金が届けるため、また、パウロの使徒性と彼の伝える福音に異議を唱える人たちからの問題に決着をつけるために、エルサレムに戻る必要があったのです。ミレトを出帆して、エーゲ海を小アジヤの海岸沿いにある港町コス、ロドス、パタラと南下しながら、ツロに着きました。地中海の最奥端のシリヤの港町、かつてイエスさまも弟子たちを連れて行ったことのある町です。積み荷を降ろすため、その町に1週間滞在しなければなりませんでした。一行はそこで主の弟子たちを捜し出し、ツロの兄弟姉妹たちとその1週間を過ごすのです。どのように過ごしたのか、記事はその内容までは触れていないのですが、きっと各地を伝道して歩いたパウロの話が中心だったのでしょう。そして滞在の日数が尽き、彼らは一家総出でパウロたちを見送り、「ともに海岸にひざまずいて祈ってから、互いに別れを告げた。それから私たちは船に乗り込み、彼らは家へ帰って行った」とあります。記事としてはこれだけの短いものですが、いくつか興味深いところがありますので、ピックアップしながら考えてみたいと思います。

 第1に、初対面だった彼らが7日間そこに泊まり、ひとつ家族のような生活したことです。「彼らはみな妻や子どももいっしょに」とあるのは、家族もパウロたちと親しくなっていたことを意味するのでしょう。ツロとはシリヤの町、現代もイスラエルとシリヤは犬猿の仲で戦争が絶えませんが、その当時は今以上に仲が悪く、口をきくことさえなかったようです。そのツロの教会が、ユダヤ人、ギリシャ人、エペソ人ごちゃまぜの一行を迎えて、何の不自然さも感じさせずに一つ共同体になっています。ここに、教会が「ひとつのイエスさまの教会」であり、「愛の交わりである」とのサンプルを見ることができるでしょう。旅行者が異邦人伝道者として有名なパウロだったから丁重に迎えたのではなく、同じイエスさまを信じる人ということで暖かく迎えたのです。それは、彼らがその町で愛の共同体としての教会を造っていたからに他なりません。もちろん、イエスさまを信じる者は同じ兄弟姉妹という「ひとつの教会」の意識もあったでしょう。どこの教会でも、パウロ自身が繰り返し語ったことでした。しかし、理屈ではなく、彼らは普段の生活の中でパウロたちを迎えたのです。「私たちは弟子たちを見つけ出して」(4)と、パウロたちがそのような信仰の歩みを重ねた人たちの中に入っていったことを暗示しているようです。教会とは地域教会であると言い切る人もいますが、ツロの教会は、そんな暖かい人間の匂いのする地域教会だったのでしょう。そんなところにたまらない魅力を覚えます。


V 私たちの教会は

 教会が、山の上にあって純粋培養された信仰者の群れであろうとする隔離信仰は、宗教という面からは魅力を感じる人が多いと思います。それもひとつの教会形態には違いありませんが、しかし、教会とはもっともっと人間のぬくもりを持つところではないでしょうか。彼らは「御霊に示されて」パウロに、エルサレムには行かないようにしきりに勧めました。これは、初期の教会だけが持つ特別な神さまからの啓示なのでしょうが、それはまた、彼らの群れが神さまと一緒に歩んでいたことのしるしではないでしょうか。彼らの教会は、神さまが臨在する教会であったと言っていいでしょう。そして彼らは、ツロという異教社会に根を降ろした地域教会だったのです。パウロたちを見送ってから、「彼らは家へ帰って行った」と、ルカが不必要と思われることをあえて記録したのは、彼らの地域教会としての意識を大切にしたからと感じられてなりません。

 すべての教会はイエスさまの教会であり、時間と空間を超えた一つのイエスさまの教会、「目に見えない教会」が確かに存在しているのでしょう。しかし、残念ながら私たちはそんなに広く大きな度量は持ち合わせておりません。私たちに見えるものは、町の中に建物として建てられている教会であり、そこに集まっている人たちなのです。その教会がキリスト教会と名前がついていれば、そこが教会であると受け留めます。私たちの教会はそこに立てられているのです。教会は山の上を目指す純粋培養の世界なのか、人の世界に住んで罪の痛みを共有する群れなのか。どちらでもありません。確かに世俗の苦しみを担おうとすることでは、そこに人間のぬくもりを感じるでしょう。しかし教会は、罪を共有するところではなく、神さまのいらっしゃる聖なるところ、イザヤ56章にもある祈りの家であると、信仰をもって証しするところです。教会がキリスト教という宗教の聖域であると考えておられるなら、それを訂正して、教会は神さまがおられるところ、あなたのすぐそばで、あなたの痛みや悲しみを担いたいと思っているところであると理解して頂きたいのです。