ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

77
主の前で私たちは


<ヨハネ 18:12-27>
12そこで、一隊の兵士と千人隊長、それにユダヤ人から送られた役人たちは、イエスを捕らえて縛り、13まずアンナスのところに連れて行った。彼がその年の大祭司カヤパのしゅうとだったからである。14カヤパは、ひとりの人が民に代わって死ぬことが得策である、とユダヤ人に助言した人である。15シモン・ペテロともうひとりの弟子は、イエスといっしょに大祭司の中庭にはいった。16しかし、ペテロは外で門のところに立っていた。それで、大祭司の知り合いである、もうひとりの弟子が出て来て、門番の女に話して、ペテロを連れてはいった。17すると、門番のはしためがペテロに、「あなたはあの人の弟子ではないでしょうね。」と言った。ペテロは、「そんな者ではない。」と言った。18寒かったので、しもべたちや役人たちは、炭火をおこし、そこに立って暖まっていた。ペテロも彼らといっしょに、立って暖まっていた。19そこで、大祭司はイエスに、弟子たちのこと、また、教えのことについて尋問した。20イエスは彼に答えられた。「わたしは世に向かって公然と話しました。わたしはユダヤ人がみな集まって来る会堂や宮で、いつも教えたのです。隠れて話したことは何もありません。21なぜ、あなたはわたしに尋ねるのですか。わたしが人々に何を話したかは、わたしから聞いた人たちに尋ねなさい。彼らならわたしが話した事がらを知っています。」22イエスがこう言われたとき、そばに立っていた役人のひとりが、「大祭司にそのような答え方をするのか。」と言って、平手でイエスを打った。23イエスは彼に答えられた。「もしわたしの言ったことが悪いなら、その悪い証拠を示しなさい。しかし、正しいなら、なぜ、わたしを打つのか。」24アンナスはイエスを、縛ったままで大祭司カヤパのところに送った。25一方、シモン・ペテロは立って、暖まっていた。すると人々は彼に言った。「あなたはあの人の弟子ではないでしょうね。」ペテロは否定して、「そんな者ではない。」と言った。26大祭司のしもべのひとりで、ペテロに耳を切り落とされた人の親類に当たる者が言った。「私が見なかったとでもいうのですか。あなたは園であの人といっしょにいました。」27それで、ペテロはもう一度否定した。するとすぐに鶏が鳴いた。

<Ⅱサムエル 6:1-5>
1ダビデは再びイスラエルの精鋭三万をことごとく集めた。2ダビデはユダのバアラから神の箱を運び上ろうとして、自分につくすべての民とともに出かけた。神の箱は、ケルビムの上に座しておられる万軍の主の名で呼ばれている。
3彼らは神の箱を新しい車に載せて、丘の上にあるアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子、ウザとアフヨが新しい車を御していた。4丘の上にあるアビナダブの家かられを神の箱とともに運び出したとき、アフヨは箱の目を歩いていた。5ダビデとイスラエルの全家は歌を歌い、立琴、琴、タンバリン、カスタネット、シンバルを鳴らして、主の前で、力の限り喜び踊った。


1、アンナスのもとで

 今朝のテキストでは、アンナスによるイエスさま審問と、ペテロによるイエスさま否認と、その二つの記事が競合するように並行しています。今朝は、その二つの記事がどこで繋がるのかを探ってみたい。どちらの記事も、共観福音書と読み比べますと、矛盾するのではないかと指摘されるいくつもの問題が出て来るのですが、そこまで踏み込みますと、混乱して、ヨハネのメッセージが見えなくなってしまう心配があります。それほどに、いくつもの問題は、糸がもつれるように絡み合っている。それで、先に、ヨハネが土台とした二つのことを申し上げておきたい。「大祭司の審問」は、黒幕と言われる元大祭司アンナス邸で行われたこと、そして、ペテロによる三回のイエスさま否認は、いづれもアンナス邸の中庭で起こったということです。これまで聖書学者たちはそれらの問題が調和するようにいろいろと解釈してきましたが、最新の聖書学では、ヨハネ福音書が史実を最も忠実に描いているのではと言われているのです。

 ともあれ、イエスさま逮捕劇から見ていきましょう。
 イスカリオテ・ユダの裏切りから、ついにイエスさまがユダヤの権力者に逮捕されます。
 「そこで、一隊の兵士と千人隊長、それにユダヤ人から送られた役人たちは、イエスを捕らえて縛り、まずアンナスのところに連れて行った。彼がその年の大祭司カヤパのしゅうとだったからである。カヤパは、ひとりの人が民に代わって死ぬことが得策である、とユダヤ人に助言した人である。」(12-14) カヤパは「その年の大祭司」とありますが、紀元18-36年と18年の長きにわたって大祭司職に在位した人物です。そんなカヤパを押しのけて表舞台に立とうとしたアンナスは、一体、どのような人物だったのでしょう。しかし、とりあえず、「一隊の兵士」から見ていきましょう。

 イエスさま逮捕劇では、「役人」と記される神殿警察がその任に当たるのですが、あくまでも彼らの補佐役として登場するローマの歩兵部隊(コホルテム)が、3節と12節の二回ともトップに挙げられています。それは、イエスさまの審議がローマの法廷に委ねられ、ついに総督ピラトのもと、ローマの極刑である十字架刑に処断されてしまうのだとする、ヨハネの悲痛な思いによるのでしょう。しかしそれは、イエスさまの贖罪が全世界のすべての人のためなのだというヨハネ神学に基づく記述なのです。そして、そのイエスさまの贖罪は、ローマの陰に隠れていても、イエスさま逮捕劇の主役となったユダヤ人指導者たちによって実現していきます。捕吏たちはイエスさまをアンナスのところ連れて行きました。アンナスは「大祭司カヤパのしゅうと」とあるだけです。が、彼は、紀元6-15年の10年間大祭司を務め挙げた元大祭司であって、その後、息子五人や娘婿のカヤパ、それに孫までも大祭司に就けていましたから、長年そんな大祭司一族のトップに君臨し、彼らを裏から操って、強力な院政を敷いた人物でした。この裁判の手順には、そんな彼の出しゃばりを初め、非合法的なところが多く見られますが、イエスさまの贖いが私たち人間の罪によるものであると、そのことを見事に浮き上がらせているようです。はからずも、大祭司カヤパが「ひとりの人が民に代わって死ぬことが得策である」(14・11:49-52)とイエスさまの贖罪を予告しています。


2、エゴー・エイミーなるお方が

 24節に「アンナスはイエスを、縛ったままで大祭司カヤパのところに送った」とある。捕吏たちはイエスさまを大祭司カヤパのもとに送るところでした。大祭司カヤパのところにというよりも、ユダヤの立法府であり大法院でもあるサンヒドリン議会の開催権を持つ議長・大祭司カヤパのもとにと言ったほうが正確でしょう。そこでイエスさまを裁く正式な大法廷が開かれるのです。しかし、アンナスの横やりがあって、途中アンナス邸に立ち寄ります。ヨハネは、そこでのイエスさま審問だけを取り上げますが、たいした記事にはなっていません。カヤパのもとでの正式裁判については、カヤパの名が挙げられているだけです。彼は、総督ピラトの審問と裁判を重要視しているのです。

 アンナスは大祭司気取りでイエスさまの審問を開始します。「そこで、大祭司はイエスに、弟子たちのこと、また、教えのことについて尋問した。」(19) 「大祭司は……」とあるのは、その人物のことを良く知っていたヨハネの皮肉に聞こえます。アンナスは、「弟子たちのこと、また、教えのこと」について尋問しますが、イエスさまは、「弟子たちのこと」については一言も触れず、「教えのこと」についても、「わたしは世に向かって公然と話しました。わたしはユダヤ人がみな集まって来る会堂や宮で、いつも教えたのです。隠れて話したことは何もありません。なぜ、あなたはわたしに尋ねるのですか。わたしが人々に何を話したかは、わたしから聞いた人たちに尋ねなさい。彼らならわたしが話した事柄を知っています」(20-21)と素っ気ありません。当局はイエスさまの教えなどとっくに調べ上げていましたから、形式的尋問に過ぎなかったのでしょう。アンナスは、それよりも、イエスさまを担いで暴動を起こそうとする(と彼は思い込んでいた)「弟子たちのこと」のほうがずっと気になっていたものと思われます。

 しかし、ヨハネは、その審問の席で起こった別の出来事のほうに関心を寄せているようです。「イエスがこう言われたとき、そばに立っていた役人のひとりが、『大祭司にそのような答え方をするのか。』と言って、平手でイエスを打った。イエスは答えられた。『もしわたしの言ったことが悪いなら、その悪い証拠を示しなさい。しかし、正しいなら、なぜ、わたしを打つのか。』」(22-23)「証拠を示す」という言い方は、もともと幼児の喋り声をそのまま文字に綴ったことから、たどたどしく「話す」を意味するようになったものですが、それが成人に転化されて、ぺちゃくちゃと止めどなく話す「お喋り」になりました。「イエスさまが何か悪い教えを広めたと言うのなら、それらを一つ残らず挙げて見よ」と言っているわけです。ここには、「一つとして悪いことはしていない」とする聖なるお方の絶対的主張が見られます。ヨハネが主張しているのは、イエスさまの神さまとしての義であって、「エゴー・エイミー、わたしはある」とする、神さまご自身としてのイエスさまのお姿が浮かび上がって来るではありませんか。


3、主の前で私たちは

 ヨハネは、ペテロによるイエスさま否認の記事を、一回目と二~三回目の二回に分けており、アンナスの審議をその間に挟んでいます。恐らく、テキスト通りの順番で二つのことが進行していたからなのでしょう。現場にいた彼は、目撃したとおりに書くことで、この状況とヨハネ自身の意図するところを正しく伝えることが出来るのだと、願いとともに、極めて簡潔にですが筆を進めました。

 ペテロの否認、前半一回目の記事はこうです。
 「シモン・ペテロともうひとりの弟子は、イエスといっしょに大祭司の中庭にはいった。しかし、ペテロは外で門のところに立っていた。それで、大祭司の知り合いである、もうひとりの弟子が出て来て、門番の女に話して、ペテロを連れてはいった。すると、門番のはしためがペテロに、『あなたはあの人の弟子ではないでしょうね。』と言った。ペテロは、『そんな者ではない。』と言った。寒かったので、しもべたちや役人たちは、炭火をおこし、そこに立って暖まっていた。ペテロも彼らといっしょに、立って暖まっていた。」(15-18)
 ここには、ペテロがアンナス邸中庭にまで入って来た経緯が説明されますが、「大祭司の知り合いであるもうひとりの弟子」とは、恐らくヨハネ自身のことでしょう。どんな知り合いなのか、一説には大祭司一族の誰かと親戚だったという風説もあるのですが。彼は、ユダヤの規定通り、ペテロと二人で目撃し、その耳で聞いた証人なのだと言っているわけです。炭火で暖をとっていた下っ端の人たちは、イエスさまとその弟子たちが暴動を起こそうとしたのかも知れないと、そのことを話題にしていたのでしょうか。そこに見知らぬペテロが入って来たものですから、「あなたはあの人の弟子ではないでしょうね」と、門番らしく一応の確認をしました。ギリシャ語原典では「もしかしたら」「ではないでしょうね」という表現が目立ちます。ペテロは否定しました。「そんな者ではない」と。

 ペテロの否認、二~三回目となるもう一つの記事はこうです。
 「一方、シモン・ペテロは立って、暖まっていた。すると人々は彼に言った。『あなたはあの人の弟子ではないでしょうね。』ペテロは否定して、『そんな者ではない。』と言った。大祭司のしもべのひとりで、ペテロに耳を切り落とされた人の親類に当たる者が言った。『私が見なかったとでもいうのですか。あなたは園であの人といっしょにいました。』それで、ペテロはもう一度否定した。するとすぐに鶏が鳴いた。」(25-27)
 二回目の否定は、一回目と同じですが、三回目は少々事情が違っています。ヨハネが良く知っていての記述と思われる「ペテロに耳を切り落とされた人の親類……」は、現場でそのことを目撃していましたから、彼の質問は極めて信憑性が高いと判断していい。が、それでもペテロは否認しました。きっと、彼のその言い方は一回目、二回目と同じと考えていいでしょう。これは、先週、「厳しい最終局面を迎え、イエスさまは、弟子たちとの関係を断ち切ろうとしている」と述べたその決着点なのです。イエスさまが、「あなたがたは散らされて、わたしひとり残す時が来る」(16:32)と言われたことの成就でした。しかし、それは「勇敢であれ。わたしはすでに世に勝った」(16:33)とある主の栄光の輝きに向かう聖徒たちの、信仰の歩みの始まりでもあります。

 ペテロが三回も「そんな者ではない」と言ったイエスさまの弟子であることの否定、これは「ウーク・エイミー(私はでないI am not)」というもので、イエスさまの「エゴー・エイミー(わたしですI am)」とは決定的に対比されています。「私はない」「わたしはある」と言い換えてもいい。ご自身の存在を主張するイエスさまの言い方に対して、ペテロの言い方は自己否定なのです。共観福音書は基本的に「その人を知らない」(マルコ14:71)となっているのに、ヨハネは徹底的に「ウーク・エイミー(私はない)」に拘っている。ヨハネは、この二つの告白を並べることで、イエスさまと弟子たちとの古い接点をご破算にし、今、新しい関係が生まれるのだと言っているのでしょう。今朝、冒頭でアンナスによるイエスさま審問と、ペテロによるイエスさま否認と、その二つの記事がどこで繋がるのか探ってみたいと言いましたが、ヨハネは、その答えを、この二つの告白に込めたのだと聞いてもいいのではないでしょうか。イエスさまを知らないと嘯いた者が膝をかがめ、ダビデ王が主の前で力一杯喜び、踊ったように(Ⅱサムエル6:5)、賛美し礼拝することで、主の栄光を輝かせるのです。ペテロを初め、やがて弟子たちは、イエスさまを「わが主、わが神」と告白した揺るがない信仰のもと(ヨハネ20:28)、内在するパラクレートスの助けを得て、宣教を開始します。現代の私たちもと願わされるではありませんか。



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