ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

76
主の愛に輝く


<ヨハネ 18:1-11>
1イエスはこれらのことを話し終えられると、弟子たちとともに、ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた。そこに園があって、イエスは弟子たちといっしょに、そこにはいられた。2ところで、イエスを裏切ろうとしていたユダもその場所を知っていた。イエスがたびたび弟子たちとそこで会合されたからである。3そこで、ユダは一隊の兵士と、祭司長、パリサイ人たちから送られた役人たちを引き連れて、ともしびとたいまつと武器を持って、そこに来た。4イエスは自分の身に起ころうとするすべてのことを知っておられたので、出て来て、「だれを捜すのか。」と彼らに言われた。5彼らは、「ナザレ人イエスを。」と答えた。イエスは彼らに、「それはわたしです。」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らといっしょに立っていた。6イエスが彼らに、「それはわたしです。」と言われたとき、彼らはあとずさりし、そして地に倒れた。7そこで、イエスがもう一度、「だれを捜すのか。」と問われると、彼らは、「ナザレ人イエスを。」と言った。8イエスは答えられた。「それはわたしだと、あなたがたに言ったでしょう。もしわたしを捜しているのなら、この人たちはこのまま去らせなさい。」9それは「あなたがわたしに下さった者のうち、ただのひとりをも失いませんでした。」とイエスが言われたことばが実現するためであった。10シモン・ペテロは、剣を持っていたが、それを抜き、大祭司のしもべを撃ち、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。11そこで、イエスはペテロに言われた。「剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を、どうして飲まずにいられよう。」

<詩篇 139:7-12>
7私はあなたの御前から離れて、どこへ行けましょう。私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう。8たとい、私が天に上っても、そこにあなたはおられ、私がよみに床を設けても、そこにあなたはおられます。9私が暁の翼をかって、海の果てに住んでも、10そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕らえます。11たとい私が、「おお、やみよ。私をおおえ。私の回りの光よ。夜となれ。」と言っても、12あなたにとっては、やみも暗くなく、夜は昼のように明るいのです。暗やみも光も同じことです。


1、ケデロンの川筋を越えて

 13章から17 章まで、洗足のことと長い長い決別説教、そして祈りと、過越の食事の席での弟子たちの交わりが続きました。17章の「祈り」は、オリーブ山腹でのことかも知れないと言いましたが、ヨハネは、過越の食事の席でのこととしています。きっとヨハネは、これ以降の出来事を特別なこととするために、イエスさまと弟子たちの交わりのことを、済ませてしまいかったのでしょう。

 18章からイエスさまと弟子たちの景色が一変します。
「イエスはこれらのことを話し終えられると、弟子たちとともに、ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた。そこに園があって、イエスは弟子たちといっしょに、そこにはいられた。」(1)
 ヨハネは、「弟子たちとともに、ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた」と記しました。エルサレムとその東にあるオリーブ山の間にあるケデロンの谷、そこを越えたことは、これまでにもたびたびありましたし、ベタニヤからエルサレム市内に入るにはケデロンの谷を越えなければならず、帰り路も同じです。けれもど、今、ヨハネが「ケデロンの川筋の向こう側に……」と言うとき、それは、これまでのお働きとは一線を画して、イエスさまと弟子たちは、新しい事態へと向かい始めたのであるという意識なのです。そのためにヨハネは、他の福音書記者たちが誰も取り上げていない、わざわざ冬の雨期にしか水のない川筋のことまで持ち出しました。この時期、その雨期もそろそろ終わりに近づいていたはずですのに。そればかりか、ここには、美しい「ゲッセマネの園」の名前も記されず、ケデロン(暗い、黒いの意)などという不吉な谷の名を殊更に挙げています。ケデロンの谷はエルサレムの城壁に沿ってその外側を南東に下って行きますが、下るにつれて次第に深くなり、その先は死海に至ります。城壁のはずれのほうまで来ますと、そこはごみ焼き場であって、時には死体までも焼却していたようで、鼻をつような異様な臭気が充満するスラム街になっていました。そこでは、かつてエレミヤの時代にバアル神のための祭壇が築かれ、子どもを犠牲として献げるというようなことが行われていました(エレミヤ19:1-6)。そんな、ある意味、此岸と彼岸の境界線でもあるケデロンの谷を渡って、イエスさまと弟子たちは、間もなく始まろうとしている局面へとコマを進めたのです。ヨハネは、1節に「弟子たちと」とわざわざ二回も記して、読者の注意を弟子たちの動向に向けさせている。きっとヨハネは、弟子たちをも含めたイエスさまの出来事が、今、新しく、しかし厳しい最終局面を迎えるのだと宣言しているのでしょう。そのために、弟子たちとの麗しい交わりを、それは弟子たちにとって極めて人間的なものでしたが、天上という新しい舞台に続くのだとばかりに、15-27節で語られるペテロのイエスさま否定の記事も合わせて、ここで断ち切ろうとしているようです。

 「ところで、イエスを裏切ろうとしていたユダもその場所を知っていた。イエスがたびたび弟子たちとそこで会合されたからである。そこで、ユダは一隊の兵士と、祭司長、パリサイ人たちから送られた役人たちを引き連れて、ともしびとたいまつと武器を持って、そこに来た。」(2-3)
 ヨハネは、「ユダもその場所を知っていた」と、ゲッセマネの園がイスカリオテ・ユダ裏切りの舞台になることを、この記事の中心に置いています。最後の晩餐の席でユダは、イエスさまからスープに浸したパンきれを与えられ、「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい」と言われますと、すぐに出て行きましたが(13:27-30)、そのまま祭司長たちのところへ行き、イエスさま捕縛の人数が整うと、彼らを先導しながらゲッセマネの園にやって来ました。しかし、ユダの裏切りの出来事を描きながらも、他の福音書記者が記したさまざまな記事を省いたヨハネが、ローマの兵士をイエスさま逮捕の現場に登場させたことは、イエスさまの出来事から「ユダヤ」という枠を外したと言えましょう。


2、わたしである

 「ユダヤ」枠を外した理由の一つには、今、ヨハネがこのメッセージを、ローマ・ギリシャ世界に向けて発信しようとしていることが挙げられるでしょう。それも、イエスさま逮捕劇が、「一隊の兵士たち」と、通常600人で構成されるローマの歩兵隊(コホルテム)を登場させるなど、極めて大がかりなものだったと印象づけているようです。コホルテムは有名なローマの軍団(レギオン)を構成する部隊のことで、通常、十個のコホルテムが一個のレギオンとなります。300人から600人とも言われる、それほどの捕縛隊を要請しなければならないほど、ユダヤ社会は、イエスさまの影におびえていたのでしょう。もっとも、そんな大げさな捕縛隊を要請したことは、ローマギリシャ世界の人たちから、イエスさまとその弟子団の暴動が起こったのだろうと受け取られかねませんが、この福音書をもう少し読み進んでいきますと、そうではないことが明らかになります。そこにいた弟子たちの数は十数名と少なく、剣を抜いたペテロに、イエスさまは「剣をさやに収めなさい」とたしなめていますし(10-11)、総督ピラトとイエスさまの会話や十字架の描写を見ますと、ピラトはユダヤ人の王と誤解するのですが、イエスさまが、この世の王たろうとするのではなく、しかし、十字架に死ぬことで世界に冠たる王なのだと、ヨハネは、神さまに属する世界のことを描き切ろうとしているのです(18:33-39、以下最後まで)。

 そういったことを描写しながら、ヨハネは、異邦人世界の人たちに、注意深く、もう一つの理由を提供します。
 裏切り者ユダが過越の食事の席から出て行ったとき、ヨハネは、イエスさまが言われたことをこう記しました。「今こそ人の子は栄光を受けました。また、神は人の子によって栄光をお受けになりました」(13:31)と。ヨハネは、今、イエスさま地上での最終章が始まろうとする、その発端を、イエスさまの栄光が最高に輝き始めたと証言しているのです。イエスさまは、ユダがゲッセマネの園に捕吏たちを引き連れて来ることを予想しながら、逃れようとはせず、あえて園に行かれましたし、捕吏の一隊が到着しますと、園の奥まったところでの祈りを中断して、彼らの前に立たれました。「イエスは自分の身に起ころうとするすべてのことを知っておられたので、出て来て、『だれを捜すのか。』と彼らに言われた。彼らは、『ナザレ人イエスを。』と答えた。イエスは彼らに、『それはわたしです。』と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らといっしょに立っていた。イエスが彼らに、『それはわたしです。』と言われたとき、彼らはあとずさりし、そして地に倒れた」(4-6)と、ヨハネの筆のピッチが上がって来ます。「それはわたしです」とは、「エゴー・エイミー、わたしはある」と、何回も出て来た神さまの御名に他なりません。「彼らはあとずさりし、そして地に倒れた」と、地上を歩まれた神・人の子の栄光に満ちたその毅然たるお姿とお答えに、捕吏たちは圧倒されました。


3、主の愛に輝く

 ヨハネがここで問題にしている「イエスさまの栄光」ということの意味を考えてみたい。
 「栄光」は文字通り「光輝く」ことですが、それは、先在のロゴスとして天上の御父とともに輝いていました。しかし、イエスさまはこの世に遣わされ、「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に、光が照った」(イザヤ9:2)とあるように、この世という暗やみの中で輝いたのです。この栄光を、神の子イエスさまが行われた数多くの癒やしなど、とりわけ死者をよみがえらせた奇跡と聞くことも出来るでしょうが、それは輝きの一端であって、本来的には教えも、あわれみも、叱責さえも、人の子となられたイエスさまの栄光の輝きなのではないでしょうか。その中心には、十字架に人の罪の贖いとして死なれた愛があります。端的に言いますと、神さまご自身が滅ぶべき肉体を纏われて人となられた、それがイエスさまの栄光なのです(1:14)。今、天にお帰りになることで、御父から頂くその栄光は、闇の中で輝いていたその光をも纏い、一層、深みを増したのではないでしょうか。もともと身に纏っておられた輝きに加え、苦難を通して内側で深みを増したオーラが内面から輝き出した、それがイエスさまの栄光ではないかと思うのですが。

 この「イエスさまの栄光」に関して、とても興味深い記事があります。
 イエスさまと捕吏たちの会話だけをピックアップしてみましょう。「だれを捜すのか。」「ナザレ人イエスを。」「それはわたしだと、あなたがたに言ったでしょう。もしわたしを捜しているのなら、この人たちはこのまま去らせなさい。」(7-8)「それは『あなたがわたしに下さった者のうち、ただのひとりをも失いませんでした。』とイエスが言われたことばが実現するためであった。」(9)

 「イエスが言われたことば」とは、17:12に「わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が成就するためです」(新共同訳)とあるものですが、ヨハネは、「私が信頼し、私のパンを食べた親しい友までが、私にそむいて、かかとを上げた」(詩篇41:9)を念頭に、「聖書が成就するために」と言います。弟子たちの仲間であったイスカリオテ・ユダをイエスさまの親しい友としたヨハネは、そしてイエスさまもまた、そんな滅びの子ユダに深い愛とあわれみの心とを注いでいるようです。「愛」こそが、イエスさまが放つ栄光の輝きの中心であると、ヨハネは受け止めたのではないでしょうか。そんなヨハネの思いが、ペテロの記事に凝縮されているようです。「シモン・ペテロは、剣を持っていたが、それを抜き、大祭司のしもべを撃ち、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。そこでイエスはペテロに言われた。『剣をさやに収めなさい。父がわたしにくださった杯を、どうして飲まずにおられよう。』」(10-11)共観福音書はペテロの名もマルコスの名も表には出していませんが、ペテロのことはともかくも、マルコスの名をここに挙げたのは、彼のことがローマ・ギリシャ世界の教会にまでも知られていたからなのでしょう。この事件をきっかけに、彼はイエスさまを信じたのではと想像されています。大祭司の親戚だったヨハネが、彼とは知り合いだったこともあるのかも知れません。ペテロとマルコスのことで言われたイエスさまの杯=十字架への覚悟は、私たちへのイエスさまの愛が込められていると伝わって来るようです。そんな主に愛された愛に、私たちも輝いていたいではありませんか。もしも、私たちが先が見えない暗やみにいると感じていたとしても、「あなたにとっては、やみも暗くなく、夜は昼のように明るいのです。暗やみも光と同じことです」(詩篇139:12)とあるその光に、私たちは招かれているのですから。



Home