ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

52
主の憐れみが


<ヨハネ 11:45-57>
45さて、マリヤのところに来ていて、イエスがなさったことを見た多くのユダヤ人が、イエスを信じた。46しかし、そのうちの幾人かは、パリサイ人たちのところへ行って、イエスのなさったことを告げた。47そこで、祭司長とパリサイ人たちは議会を招集して言った。「われわれは何をしているのか。あの人が多くのしるしを行なっているというのに。48もしあの人をこのまま放っておくなら、すべての人があの人を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も奪い取ることになる。」49しかし、彼らのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った。「あなたがたは全然何もわかっていない。50ひとりの人が民の代わりに死んで、国民全体が滅びないほうが、あなたがたにとって得策だということも、考えに入れていない。」51ところで、このことは彼が自分から言ったのはなくて、その年の大祭司であったので、イエスが国民のために死のうとしておられること、52また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである。53そこで彼らは、その日から、イエスを殺すための計画を立てた。54そのために、イエスはもはやユダヤ人たちの間を公然と歩くことをしないで、そこから荒野に近い地方に去り、エフライムという町にはいり、弟子たちとともにそこに滞在された。55さて、ユダヤ人の過越の祭りが間近であった。多くの人々が、身を清めるために、過越の祭りの間にいなかからエルサレムに上って来た。56彼らはイエスを捜し、宮の中に立って、互いに言った。「あなたがたはどう思いますか。あの方は祭りに来られることはないでしょうか。」57さて、祭司長、パリサイ人たちはイエスを捕らえるために、イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出していた。

<イザヤ 6:8-13>
8私は、「だれを遣わそう。だれがわれわれのために行くだろう。」と言っておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」9すると仰せられた。「行って、この民に言え。『聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな。』10この民の心を肥え鈍らせ、その耳を遠くし、その目を堅く閉ざせ。自分の目で見、自分の耳で聞き、自分の心で悟り、立ち返って、いやされることのないために。」11私が「主よ、いつまでですか。」と言うと、主は仰せられた。「町々は荒れ果てて、住む者がなく、家々の人がいなくなり、土地も滅んで荒れ果て、12主が人を遠くに移し、国の中に捨てられた所がふえるまで。13そこにはなお、十分の一が残るが、それもまた、焼き払われる。テレビンの木や樫の木が切り倒されるときのように。しかし、その中に切り株がある。聖なるすえこそ、その切り株。」


1、祭司長たちに危機感が

 ラザロよみがえりにまつわる記事、その最終章です。

 「さて、マリヤのところに来ていて、イエスがなさったことを見た多くのユダヤ人が、イエスを信じた。しかし、そのうちの幾人かは、パリサイ人たちのところへ行って、イエスのなさったことを告げた」(45-46)と、ユダヤ人の二通りの反応から始まります。

 イエスさまを信じた人たちの大半は、ベタニヤの村人たちだったのでしょう。
彼らはマリヤ、マルタ、ラザロの一家を愛し、たびたびイエスさまといっしょに食事をしたり、そのお話を聞いたりしていました。彼らがイエスさまを信じたのは、ラザロのよみがえりという尋常ならざる不思議を目撃したことだけでなく、そういったイエスさまとの全人格的な交わりが実を結んだのだと言えそうです。反面、パリサイ人たちに報告した人たちは、恐らく、エルサレムから来た人たちではなかったかと思われます。ベタニヤの人たちがわざわざエルサレムに行って……というケースがあったとすれば、それは悪意や反感に満ちた行為なのでしょうが、彼らにそれほどの悪意や反感があったとする材料はどこにも見当たりません。そうではなくて、彼らはエルサレムの人たちであって、ラザロ一家となんらかのつながりがあって葬儀には来ていましたが、ベタニヤ村の友人たちとはちがって、ただただラザロのよみがえりに驚き、その不思議をパリサイ人たちに話したということなのでしょう。それは、きっと、九章で盲目の若者の目が見えるようになったことに驚いた近所の人たちが、その説明を求めて、ユダヤ人会堂に教師であるパリサイ人たちを訪れ、尋ねた。そんな感覚だったのではないでしょうか。

 しかし、そんな彼らの報告が重大な結果を産み出しました。
 「そこで、祭司長とパリサイ人たちは議会を招集して言った。『われわれは何をしているのか。あの人が多くのしるしを行なっているというのに。もしあの人をこのまま放っておくなら、すべての人があの人を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も奪い取ることになる。』」(47-48)

 最初に危機感を顕わにしたのは祭司長とパリサイ人たちでした。
 彼らは、ベタニヤ村から戻った人たちの証言、イエスさまが、死んで四日目にもなっていた人をよみがえらせたという、まさに神さまだけが行使出来る不思議に、異を唱えてはいません。むしろ、そのことを事実として受け止めている。恐らく、数々のイエスさまのなさった不思議を見て来たからではなかったでしょうか。しかし彼らは、そこから民衆の暴動が起こって「ローマの軍事力が介入して来る」という危機感を募らせました。イエスさまを信じる者たちが増えていくと、祭司長たちといった一握りの貴族階級の人たちによる統治が行われていると、ユダヤ社会への不満が表面化して来るのです。
 イエスさまを信じる人たちが無知で盲目的な社会秩序の信奉者ではないことを、彼らは認識していました。イエスをこのままにしておくなら、必ずや、それは暴動の危険性につながって来るだろうと、彼らは心配していたわけです。
 彼らは、これまでずっと唯一神教のもとに一枚岩であったユダヤ共同体が、決壊するのではという不安を抱えていたからなのでしょう。


2、一つの共同体に

 しかしヨハネは、なぜかこの重大な問題を掘り下げようとはしません。
 彼がこの福音書を執筆していた時、すでにユダヤは、民衆の大規模な暴動をきっかけに始まった紀元七十年ローマとの戦い(第一次ユダヤ戦争)に敗れ、国が滅びて、ほとんどのユダヤ人が国外に散らされていたからなのでしょう。しかしヨハネは、ここにはユダヤ人が抱えて来た重大な問題が潜んでいるのであろうと、その問題提起としてなのでしょうか。大祭司カヤパの乱暴なことばを取り上げました。
 「あなたがたは全然何もわかっていない。ひとりの人が民の代わりに死んで、国民全体が滅びないほうが、あなたがたにとって得策だということも、考えに入れていない」(49-50)と。

 「国民全体が滅びないほうが……」と、この思惑は裏目に出ました。しかし、ユダヤの最高議会サンヒドリンは、議長カヤパの提言を受け入れ、国の方針とするのです。
 「そこで彼らは、その日から、イエスを殺すための計画を立てた。」(53)
 教会史家ヨセフスは著書「ユダヤ戦記」で、ユダヤ滅亡の主要な原因が、ローマ軍団の攻撃よりも、暴徒たちの殺し合いによるユダヤ社会秩序の崩壊にあるのだとしています。神さまに敵対したのは、ユダヤ人たちであったと、それがヨセフスの見解です。カヤパの提案にはその萌芽が見られるではありませんか。


 ヨハネはここに、ユダヤ人たちの思惑とは全く異なる、神さまのご計画を挿入します。
 「ところで、このことは彼が自分から言ったのはなくて、その年の大祭司であったので、イエスが国民のために死のうとしておられること、また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである」(51-52)

 「大祭司が預言したのである」という部分は、ヨハネではなく、大祭司に郷愁を覚えるユダヤ伝統の意識を持つ後代の誰かが、神さまのご計画に絡めて挿入したのかも知れないと、近代の批評的聖書学者たちはそんな見解を持ち出しています。

 しかし、「得策」などという人間の打算的な思惑によってではなく、聖徒たちを一つに集めるために《イエスさまは死ななければならない》とする神さまのご計画が始動し始めます。
 二世紀の外典「十二使徒の教訓」の「聖餐式」の項に、「このパンが山々の上にまき散らされていたのが集められて一つとなるように、あなたの教会が地の果てからあなたの御国へと集められますように。栄光と力とはイエス・キリストによって永遠にあなたのものだからです」(9:4)とあります。これは、初期教会が一つの信仰共同体を目指していたことを示しているのでしょうが、このフレーズが、ローマ・ギリシャ世界に建てられた異邦人教会に向かって語られたことは注目に値します。宗教改革以来、キリスト教の個人主義的な面が強調されて来ましたが、イエスさまを信じる信仰は、決して個々人の信仰だけに終わるものではなく、教会(エクレシア・呼び出された者の群れ)という唯一の信仰共同体に向かうのであると、そのことを私たち、肝に銘じておきたいと思うのです。
 イエスさまは、「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます」(マタイ16:18)と言われたのですから。


3、主の憐れみが

 「そのために、イエスはもはやユダヤ人たちの間を公然と歩くことをしないで、そこから荒野に近い地方に去り、エフライムという町にはいり、弟子たちとともにそこに滞在された。」(54)と、ユダヤ人たちのイエスさま殺害計画が始動し始めたことから、イエスさまはエルサレムを離れました。とは言え、イエスさまの「時」は刻一刻と迫っています。この時期に合わせるようになのでしょう。ヨハネは、ユダヤ人たちの動きを二つ書き留めました。

 一つは、ユダヤ人指導者たちの動きです。
 「さて、祭司長、パリサイ人たちはイエスを捕らえるために、イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出していた。」(57)
 このユダヤ最大の祭りである過越の祭りは、地方や海外からやって来る大ぜいの人たちでごった返します。イエスさまのことを契機に暴動が起こるかも知れない。彼らは、そんなことが起こる前に、イエスさまを何とかしたいと考えていたのでしょう。ところが、権力者たちが総力を挙げての探索にもイエスさまは見つかりません。いや、祭りの六日前に(12:1)、イエスさまはエルサレムに戻って来て、神殿に姿を見せるのですが、その周りには、このお方はメシアであろうとする群衆が集まっていて、捕らえることが出来ない。結局、イエスさまを売り渡したのは、十二弟子の一人に加えられていたイスカリオテ・ユダでした。
 もう一つはユダヤ人民衆の動きです。
「ユダヤ人の過越の祭りが間近であった。多くの人々が、身を清めるために、過越の祭りの間にいなかからエルサレムに上って来た。」(55)
 神殿で行われる「清め」の期間は七日間で、それも過越の祭りに組み込まれていたようです。イエスさまを見つけられずに、「あの方は祭りには来ないのだろうか」(56・私訳)とがっかりしていた民衆―多くはガリラヤ地方から来ていた―が、エルサレムに入城されたイエスさまを、「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に」(12:13)と熱狂して出迎えました。そして、神殿境内では、イエスさまを囲んで、連日、熱心にそのお話しを聞いています。それなのに、ピラトの官邸前で「十字架につけよ」とこぶしを振り上げ、ゴルゴタの丘では十字架上のイエスさまをののしるのです。その先頭に立ったのがエルサレムの人たちであって、ラザロのよみがえりを目撃した人たちの、パリサイ人たちへの報告がその引き金になったのだと、ヨハネの証言はそう語っているようです。

 イエスさまの十字架には、イエスさまのなさったことを見て、聞いて、信じたはずの、名もない一般民衆の愚かさが深く絡んでいる。イエスさまを十字架につけたのは、そんな民衆・「あなた」の罪なのだと、それがヨハネの証言であり、エペソ教会と現代の私たちへのメッセージでもあるのでしょう。イエスさまを十字架にかけたのは祭司長やパリサイ人たち、ユダヤの一握りの貴族でした。が、彼らだけにその責めを負わせていいものではない。ましてや、ユダヤ人だけがイエスさまを……ということでは断じてありません。
 ところが、世界の歴史は、イエスさま十字架の責任をユダヤ人に負わせ、何回も何回も、すさまじい迫害をもってユダヤ人たちを追い詰め、その居場所を奪い、ユダヤ民族の絶滅さえも図って来ました。その中心になったのが、かつて迫害と殉教に苦しめられたキリスト教徒たちだったのです。そのことを忘れてはならないと思います。預言者イザヤは神さまのことばをこう記しました。「聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな」(6:9)と。ある意味、キリスト教徒たちは、イエスさまを十字架にかけた無知で愚かな張本人なのに、そのことから目を背けてしまったと言えそうです。

 しかし、「その中に切り株がある。聖なるすえこそ、その切り株」(同13)と、神さまの救いのご計画が始動し始めていました。
 それは、聞いても悟らない私たちへの、主の深い憐れみだったのではないでしょうか。



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